オール・ショパン・プログラム
11月9日(水) 《東京:サントリーホール》
3つの夜想曲 op.15
バラード第3番 変イ長調 op.47
2つの夜想曲 op.48
スケルツォ第1番 ロ短調 op.20
2つの夜想曲 op.55
2つの夜想曲 op.62
ポロネーズ第5番 嬰へ短調 op.44
ポロネーズ第6番 変イ長調 op.53「英雄」
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アンコール:前奏曲「雨だれ」、バラード第1番、練習曲「革命」、練習曲op.10-4
11月9日 《おじさん》さん
さあショパンです。ロビーでCDを売っている所をのぞくと、ノクターン全集を買った人にサイン会が有りますよと書いてあります。ポリーニのサイン会は初めての事では無いらしいのですが、私は、ポリーニのサイン会が有るという張り紙を今まで見た事ありませんでした。すでに、輸入盤も国内盤も買っている私には余裕がありません。ちょっぴり残念です。ショパンのノクターンを9曲も演奏するのは、あまり例が無いような気がします。今のポリーニは、ノクターンに特別な気持ちが有るんですね。最初の曲目op15−1の最初の音を聴いて、ああ! 今日の演奏会は素晴らしい物になると思いました。目が悪いので、ピアノの横にファブリーニの文字が有るのは確認できませんが、どなたか確認されているでしょうか? 出てくる音は3日のシュトックハウゼンを前から3列目で聴いた音その物だったので、ファブリーニ・スタインウェイだったと思いますが、ポリーニの美しい音が降ってくるように聞こえました。素晴らしいとか美しいとか、そんな次元では無く、その場所に私が居る事が出来たという奇跡・偶然を感じ、時間が止まってしまいました。 op15−1と2は、1968年頃にEMIへ録音しているぐらい昔からのレパートリーですが、日本で弾くのは初めての事だったと思います。EMIにもこの2曲しか録音しなかったので、私は長い間、op15のノクターンは2曲しか無いと思っていましたが、その不幸なop15−3も、今日は光が当たっていました。 3曲終わって、一度ポリーニは袖に戻り、次はバラード第3番です。私はノクターンのあまりの素晴らしさに頭が切り替えられなくて、私には今日のプログラムの中で一番印象が薄かったような気がします。
私は、op48−1と2のノクターンとポロネーズop44と英雄ポロネーズを1981年来日時に聴いていますが、当時の私にはop48のノクターンはあまりなじみが無く、ポロネーズだけが記憶にあります。今から思えばとてももったいない気がしますが、仕方がありません。今日のop48には、ポリーニが表現する音楽を精一杯受け取り、もう、心がどこか飛んで行ってしまう感じで浸りきりました。 後半のop55とop62の4曲のノクターンは続けて弾きました。これを聴いた感覚を何と言えば良いのでしょうか…
ポリーニは、ショパンの曲を続けて演奏する事があります。まるで、追い立てられる様に、次から次へと弾き… 一つ一つの曲の美しさを感じるより、ショパンという作曲家を全部聴いて欲しいという表れなのでしょうか? 作品番号が有る最後の4曲のノクターンは、単独で聴いても溢れるばかりのショパンを感じられる曲なのに、それを4曲も続けて聴かされ、私は、ポリーニの表現に押し潰されるような気がしました。 アンコールはまず雨だれ。英雄ポロネーズの興奮が嘘のようにとてもとても優しい演奏… でも、少しテンポが速いかな… 2曲目のアンコールはバラード1番。私はポリーニの弾くバラード第1番には特別な感情があり、今回で何度目でしょうか、1974年の初来日時のアンコールで聴いて以来何度も涙を流した事が有ります。今日も目がウルウルする感じで、やはり、ポリーニのバラード第1番は特別です… 今日のバラード第1番は、造型美をとても大事にした様な演奏で、大理石の美しい彫刻を見ている様な演奏でした。アンコール3曲目は革命。4曲目はop10−4のエチュード。コンサートが終わってしまうのがとても残念という惜しみない拍手の中で、ポリーニの素敵な笑顔が忘れられないコンサートでした。
サイン会には200人を超える人が並んでいたでしょうか! 私はCDを買っていないので権利は有りませんが、一応、列に並びました。その列が少し進み出した時に、先に帰るアンジェロ・ファブリーニさんが通って行きました。あなたの今日のピアノは本当に幸せでしたね! しまった!! ちゃんと言葉にして伝えれば良かった!! 11/10(木) 02:23 |
最高でした! 《甘えん坊》さん
行って来ました!昨日!。サイン会あったんですよね〜。。。行きたかったけど、CDも買っちゃったし、席も今度は右側だったけど1階ホール4列目だったから、ポリーニをよく見れたしいいかなぁ〜、って思ったのと、コンサートのあと主人と食事をする約束だったので、主人も仕事柄いつも遅いのだけど仕事をなんとか切り上げてくれたので、いいやって思いました。でも、いいな〜。。。
昨日のポリーニ、絶好調!?みたいでした。さっそうと登場してきたときの表情を見て安心しました。よっしゃ、今日はやるぞ〜っていう感じ。最初はノクターン3曲。CDのを思い浮かべながら聴きました。CDのより情感がこもっていたように思います。感動しすぎて言葉が出ません。聴いているうちに思わず涙があふれ出てきてしまいました。昨日のポリーニのピアノは6日のときのようなペダルの効果の音の雑感がなかったし、わたしの席(周辺)では非常に素晴らしい音響状態でした。ポリーニの弾いているときの表情もすごくよく見て取れ、わたしより前に着席していたおば様(失礼!)方が、「○○の曲のときの表情がすっごくステキ。ホレボレしちゃうわ」なんて語り合ってるのが聞こえてしまいました。わたしも、テレビでスケルツォ1番の演奏を見たことがありますが、今回も全くおんなじ表情だったので、あ、そうだったな〜、今も変わらないんだな〜、と思い、見入ってしまってました。
また、来年来日します。チケット取るんだ、って主人に話したら、「頑張れ」と言ってくれました。頑張るゾ!!!。 11/10(木) 10:17 |
至福のとき 《ともママ》さん
おじさん様のお感じになったとおり、昨晩のピアノはファブリーニでしたね。本当に美しい音・・。ショパンの世界を堪能させてくれる素晴らしい演奏会でした。昨晩の私の席は、前半が1階17列目中央、友達と交替して後半が1階5列目右側ブロックのいちばん中央寄りでした。やはり場所によって音の響きはずいぶん違うものだな・・と感じました。
つかつかと登場、さっと挨拶をして椅子に腰掛けるや否やすぐ引き始めるといういつものスタイルでしたが、甘えん坊様のおっしゃるとおり、その表情はとってもゴキゲンな様子、これは素敵な演奏を聴かせてくださるな・・といううれしい予感がしました。 なんという美しいノクターンでしょう!!甘いドルチェな音、深いベルベットのような音、キラキラと煌く高い音、時にりんとした厳しい音・・、本当に彩り豊かな音でショパンの魂の音楽を表現していました。後半の55−2や62−1(最後のトリルの美しかったこと!)では涙が出てしまいました。
スケルツォやポロネーズは、若い頃のパワー漲る、全く隙のない超名盤を繰り返し聴いているだけに、いくつかのミスタッチやちょっとしたよろめきに少しハラハラしました。もちろん録音と比べること自体がナンセンス、ライブならではの即興性スリリングな感興を充分楽しみました。
至福のときを過ごした喜びと、その喜びを与えてくださったマエストロに対する感謝の気持ち、そして長い間楽しみに待ち続けてきた東京公演がすべて終わってしまったことからくる脱力感のようなものを感じながら帰宅。(事情が許せば大阪まで「追っかけ」をしたいくらいです・・。) 11/10(木) 12:25 |
ポリーニにショパンを教えられた私 《フェランド》さん
初めて投稿します。20年前に人見記念講堂で「ハンマークラビーア」を聴いて以来、なぜか、マエストロの実演に接する機会がありませんでした。CDは好きで、随分聴いたのですが、どうしてか、実演に行かなかった。ピアノを弾かないアマチュアオーケストラプレイヤーは、本当の意味でのポリーニの偉さが分かっていなかったのかもしれません。何よりも、ショパンという作曲家が、私には分かってなかった。ベートーベン、シューベルト、シューマン、ドビュッシー・・彼らの素晴らしいピアノ音楽に比べて、私には、ショパンの音楽が扉を閉ざしておりました。 ポリーニ・プロジェクトのモンテヴェルディやベリオを楽しんだのが「再会」です。昨年5月6日のシューマン「幻想曲」に圧倒され、ボンクラの私も、とうとう理解しました。この人が、どれほど偉大な音楽家なのか、ということを! そして、そのアンコールで弾かれたノクターンop27−2が、私が初めて実演で聴いたポリーニのショパンです。なんてことだ!こんなにも、ショパンは素晴らしいのだ! 今年は、3日のポリーニ・プロジェクト、そして昨日9日のショパンプロを聴くことができました。念願のショパンプロは余りにも素晴らしく、今も耳に響きが残ります。聞き逃した公演を悔やむよりも、昨年と、今年と、素晴らしいコンサートに立ち会えた幸運を噛みしめたいと思っています。
ノクターンをアタッカで弾き進めるなど、コンサートの全体を、ひとつの交響曲のように、ひとつの音楽的意思の実現として組み立てているように感じました。 音楽というものの、理想のあり方がここにある。ピアノであること、ショパンであること、音楽であること、それがひとつに融合して、ポリーニのショパンがあるのですね。このHPで知った、フルトベングラーの言葉「私はピアニストが羨ましい、なぜなら彼らにはショパンがあるから」を体現するような、ポリーニのショパン。形式と内容と技術と精神と・・全ての統合なのですね。 アンコール「雨だれ」が始まったとたん、連れは涙で目がくもったといいます。私も、バラード1番のあまりの素晴らしさに、自分の許容量が一杯になるような思いでした。 コンサートのあと、連れと2人、マエストロへ畏敬と感謝の念をこめて乾杯しました。連れいわく「偉大な音楽家は、今という時の尊さを教えてくれるような気がするの・・」
来年のアバド=ルツェルン祝祭管弦楽団との共演は、素晴らしいニュースです。
追伸 11/10(木) 20:39 |
11/9のリサイタル 《たけお》さん
すみこさん、みなさん、こんばんは。昨日のポロネーズ!私にとっては宝物です。 聞けてよかったです。 私も感想をホームページにまとめてみました。 よろしければご覧ください。
すでにみなさまの感想も掲載されているのですね。 http://homepage3.nifty.com/tsukimura/
11/10(木) 21:00 |
ショパン・プロ 《ひろこ》さん
今日一日、心ここにあらず、ため息ばかりの使い物にならない人間でした(普段以上に)。マエストロのコンサートシリーズが終わった後はいつもこうなってしまいます。昨年5月の演奏と並ぶくらいすばらしい演奏でした。ノクターンはあのすばらしい録音に聴かれるよりも、もっともっと繊細で魅力的な音。この日は最初から伸びやかな響きの美しい音でしたが、前半のノクターンは少し音量が控えめだったように感じました。バラードの3番もすばらしい演奏だったけれど少しおとなしめでした。スケルツォ1番くらいから出力全開になられたように感じましたが、もしかするとプログラムの構成を考えた上のバランスだったのかもしれないと、後から思ったりもしました。後半の4曲のノクターンはもう感動としか言いようがありません。以前おじさん様が、マエストロは超絶技巧ピアニストではないし、ご自身もそうなろうなんて思っていないと投稿なさっていましたが、私もまったくその通りだと思います。マエストロの技巧はただこのすばらしい音を、音楽をつくるためだけに使われているのです。…なんて思いながらも、ポロネーズが始まると「これが人間業か」と思わずにはいられませんでした。5番は速くてダイナミックでありながら、タッチは精緻にコントロールされており、音楽は圧倒的な説得力を持っています。45年前のショパンコンクールで審査員のお歴々を驚愕させた18歳の青年の姿が重なりました。あれからずっと磨き続けられた音楽は、巨大な感動を2000人の聴衆にもたらしました。完璧。若き日の録音でさえたじたじの名演奏でした。そして6番。「英雄」はあなたです、マエストロ。ショパンプロの時はアンコールにバラード1番をよく弾いてくださいます。最初に聴いた時は冒頭の和音が響いたとき、思わず「えっ」と小さく声を上げてしまいました。こんな大曲をアンコールに弾くなんて…。いつもアンコールでこの曲がでると、もう涙が止まりません。そのあまりの美しさとこの期に及んでこんな曲を弾いてくださるマエストロへの感謝がこみ上げて。客電があがっても立ち去れない総立ちの聴衆の割れんばかりの拍手、にこやかに応えてくださるマエストロ。私はこの瞬間がとても好きです。ともママ様、私も残念ながら大阪まで追っかけられません。来年またこの感動を味わえることを励みに耐えましょう(って大げさか)。12日に大阪を聴かれるみなさまのご感想を楽しみにさせていただきます。
フェランド様、はじめまして。すてきな感想をありがとうございます。読みながら私の胸にもあの感動が甦ってきました。わたしもマエストロのショパンを聴くと、この2人の天才の存在を神に感謝したい気持ちになります。来年のルツェルン管との共演、チケット争奪戦を考えると今から恐ろしいですが、がんばりましょう。 11/12(土) 12:22 |
Bravo e Grazie! Maestro!! 2005年の感動