音楽のこと、ポリーニのこと、日々の雑感を、
時々(気まぐれに)、書き入れます。

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(4月〜6月)

雨の日は読書を
紫陽花が美しい季節となりました。青、紫、白、ピンク、濃い色から淡い彩りまでグラデーションの豊かさで楽しませてくれ、梅雨空の下のユウウツさをちょっと和ませ明るい気持ちにしてくれる花です。
今年の春は早く訪れ、足早に去って行きました。木蓮も桜もハナミズキもツツジも、次々と咲いては散って行き、新緑は日ごとに色を増して、今は濃い緑となって木を覆っています。今日はなぜか小鳥が朝から大集合して賑やかなこと! その姿が全く見えないほど葉が繁って、すっかり夏木立の風情です。

四季の流れが早くなったように感じられますが、これは異常気象のせいなのでしょうか。夏から秋の”招かれざる客”たる台風が早くも日本列島の近くまで来て、雨が降れば洪水の心配があったり、他方北米カナダでは大規模な山火事があったり、ヨーロッパでは熱波で警報が発令されたり。地球規模で”異常”が”通常”になっていきそうで心配です。世界は戦争などしている時じゃないのに、分断されている時ではないのに・・・人間社会も”異常”が”平常”になっていきそうな気配。とりわけ日本の社会・政治の状況は、”異常”が我が物顔に大手を振るって歩いている様で、気が滅入ります。 


3月に発売されたファブリーニさんの著書「ピアノ調律師の工具カバン」を、お読みになりましたか?
目次を眺めて、まず最初に第10話「偉大なピアニストたちとの仕事」から読み始めた私。「私のマエストロたち」との副題に、きっとポリーニのことが沢山書かれているに違いない!と思ったわけですが・・・2回名前が出てきたけれど、ほとんど他のピアニストの話題ばかり。「え〜〜〜?」と思いながら、最初から読み始めると・・・。

談話をもとに構成されたこの本の中には、ごく自然にポリーニの名前が、ここにも、あそこにも、ありました。微笑ましいエピソード、どっきりしたハプニング。ポリーニの無理難題(?)もあれば、思いやり溢れる言葉も。仕事(立場は違えど)仲間としての絆の強さが読み取れます。ポリーニの芸術への尊敬と、ファブリーニの技術への信頼と。演奏会を成功させるために、ともに努力を惜しまない二人の、友情の深さが感じられました。
ポリーニ・ファンにとっては、ファブリーニ=”ポリーニの調律師”ですが、この本を読むと、ファブリーニ(その会社も含めて)は本当に多くのピアニスト達と関りがあることが判ります。イタリアの多くのピアニスト達、世界で活躍する著名なピアニスト達。大御所ルービンシュタイン、マガロフ、ギレリスからの献辞があり、ポリーニはもちろんワイセンベルク、アルゲリッチ、バレンボイム、シフ、ツィメルマン、内田光子達からの賛辞があります。ジャレットはじめエリントン、ピーターソン、エヴァンスなどジャズ・ピアニストとの繋がりも。

なかでも1章が設けられているミケランジェリとの親交、絆の強さには感銘を受けました。
気難しいとか自己中心主義者とか言われた巨匠ですが「私にとっては単なる恥ずかしがり屋に過ぎず、控えめで、何といっても寛大でありがたい存在でもありました」(チャリティーコンサートや生徒への支援を惜しまない姿に。)
マニエリスム、耽美主義、完璧主義といわれた芸術性は(確かに当てはまるかも知れません)が、「私にとっては、彼は美しいものを愛でる人で、『自分の思い通りに楽器が調整されていなければ自分が感じるように表現できない』という考えの持ち主だったに過ぎません」
ミケランジェリの驚くほど鋭敏な感覚、信じられないほど繊細な感受性。それを受け止め、理解するファブリーニの感性の鋭さ、精緻さも驚嘆に値するし、難しい要望にも応えるその精密な技術の力は特筆すべきでしょう。それを誰よりもよく理解し、真価を認めていたのも、ミケランジェリやポリーニという、優れたピアニスト達に他なりません。

帯に書かれた「僕はファブリーニを”音の探求者”と呼びたい」というポリーニの言葉も、深い意味を帯びています。”音”は物理的に定義し、数学的に計り、機械的に作れるものかもしれないけれど、”美しい音”とは何だろう?と。ファブリーニが若い日に聞いたという、ピアノという楽器から「チェロの音と女性の歌声も」聞こえる奇跡。ポリーニのピアノからも「まるでヴァイオリンとクラリネット、チェンバロの重奏のようだった」と聞こえる魔法。アルゲリッチの演奏に「あたかもハープと弦楽器の演奏を聴いているようだった」という魅力。深淵から広大な天空まで、空気のあるところ、その微細な揺らぎが千変万化して醸し出す”音”。美しい楽音を見出す、創り出すのは、至難の技であり、果てのない探求なのかもしれません。それでも倦むことなく探求を続けるのは、音楽への深い、純粋な”愛”なのでしょう。イタリアの豊かな音楽的環境に抱かれて育ったファブリーニの、音楽への敬意と愛情が、この仕事への情熱となっているのかもしれません。 敬愛するピアニストが理想とする演奏を行えるように、最善を尽くして楽器を理想の状態に整える。愛する音楽が理想の形で生み出されるように。
聴衆として音楽を楽しむ私たちは、こんなにも愛と敬意をもって創られた宝物のような音楽を享受しているのだと、改めて感謝の気持ちが湧いてきます。

友人の仲介で、翻訳をされた酒井様とメールを交わすことが出来ました。親しい同僚のインタビューから構成されたという通り、ファブリーニさんの温かいチャーミングなお人柄が判る、ウィットや皮肉やちょっと自慢顔も目に浮かぶような、親しみの感じられる訳でした。海外で出版されるのは日本語版が初とのこと。翻訳に当たっては様々な難しい問題もあったそうですが、無事に出版され、この本を読むことが出来て、本当に嬉しく思います。酒井様へ感謝! そして音楽之友社さまへも感謝いたします。


マエストロ・ポリーニの6月15日のウィーン・リサイタルは、無事に行われました。
アンコールにショパン:バラード第1番が奏され、スタンディング・オヴェーションで閉じられた素敵なリサイタルだったようです。4月のローマ、5月のパリとハンブルク、続けてリサイタルがキャンセルとなり、マエストロの体調が心配でした。一日も早く回復されるよう、毎日祈る思いでした。本当に、良かった〜。
23日にはロンドンでリサイタル。今シーズン最後の演奏会です。無事に渡英され、舞台に登場されるよう、心から願っています。

早くも来シーズンの予定が幾つか発表されています。イタリア国内、スペイン、フランスと、ヨーロッパの近場(?)での演奏会です。良いコンディションで無理のない活動を続けられますように、マエストロ!

2023年 6月17日 14:30
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