時々の雑記帳

音楽のこと、ポリーニのこと、日々の雑感を、
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このほかの日記帳はこちらを、すぐ前のものは「冬」1〜3月を、後のものは「夏」7〜9月を、ご覧ください。

(4月〜6月)

麦秋に青空を
緑が日一日と濃さを増してきます。爽やかな新緑の軽さから、重ささえ感じさせる存在感ある緑となって、むせ返るような香りを放ちながら街を覆っています。
我家のベランダから見えるヤマボウシの白い花は今や盛り、空を向いて咲く花々が去年はすぐ目の前にあったのに、今は視線の上の方に見えるのは、木々が大きくなったからなのでしょう。旺盛な自然の生命力が眩しく思えるこの頃です。

今年の春は順々に花が開き、木蓮の白・紫、河津桜からソメイヨシノ、八重桜、芳しい藤、色鮮やかなツツジ、シャクナゲ・・・自然の彩りを次々と楽しませてくれました。コロナ禍も3年目、長引く閉塞感に覆われた日々に、暖かい光が射すようでした。
今はバラが咲き誇り、紫陽花が色づき始めています。季節の移ろいを花々で知ることができるのは、幸いなことですね。

けれども美しい春を心からは楽しめず、灰色の雲に覆われたような、不安と隣り合わせの気持ちで過ごして居るのは、自然や天候のためでなく、人間のせい、人間の行動のためです。地球上に戦禍があり(以前からあちこちで在ったのですが・・・)、人類にとって唯一無二のこの地球を、暗い雲が一面に覆っている、その下には未曽有の閃光を発し全てを破壊しかねない核があり、魔の手が伸ばされている・・・。
2月24日に始まった大国ロシアのウクライナへの侵攻。驚き、呆然とし、怒り、憤り、悲しみ、そして焦燥感と無力感・・・いろいろな思いが押し寄せてきました。21世紀にこんな戦争が起こるなんて! 100年前の帝国主義の惹き起こした戦争によく似た、強大で残虐で悪辣な、けれど過去のそれより更に強烈な破壊力を増した戦争に、絶望感が湧いてきます。一日も早く終わるよう願っていましたが、もう3か月が経ち、停戦の兆しは無く、更に悪化、泥沼化しそうな状況です。

ウクライナについては旧ソ連から独立した国という他は、恥ずかしながら殆ど知りませんでした。
ムソルグスキーの「展覧会の絵」の終曲「キエフの大門」から、どっしりした石造りの由緒ある建造物の並ぶ街、東方教会の中心地として古い歴史を持つ国をイメージするくらいでした。
ある音楽番組で、ウクライナ出身の音楽家には作曲家のプロコフィエフ、ピアニストではホロヴィッツ、リヒテル、ギレリス、ヴァイオリニストではミルシテイン、オイストラッフ、スターン(幼時にアメリカに移住)など錚々たる音楽家が輩出したことを知りました。彼らの多くはモスクワやペテルスブルクの音楽院で研鑽を積み、ロシアの地で活動したこともあり(後に亡命・移住した人もいましたが)、ロシアの、ソ連の音楽家達と思っていましたが、ルーツはウクライナにあったのですね。
小説家ゴーゴリもウクライナ出身。ロシアの文化は多様で豊か、そこには多くの民族の広く深い知恵が蓄えられているのだと思わされます。その宝が政治の力で分断され、軍靴で踏みにじられ、失われるとしたら、とても悲しいことです。

青と黄の国旗も初めて知りました。青い空と小麦畑を表しているという素敵な二つの色で、明るく暖かいイメージが心に浮かびます。けれど今ニュースなどで目にするウクライナの光景はモノトーンの世界。瓦礫の街、無人の家、戦車や兵器の残骸と迷彩服の兵士達・・・黒と灰色の、生命の失われた冷たい世界です。
今、光溢れる初夏麦秋”を迎える時季。青い空に風がそよぎ麦の穂が揺れる、きっとウクライナの一番美しい季節、豊かで幸せな時でしょう。
一日も早く平和がもたらされ、平穏と安寧、本来の姿、光景が、彼の地に戻るようにと、願わずにはいられません。

マエストロ・ポリーニのウクライナ支援コンサートのお知らせには、一条の光を見るような思いがしました。ああ、やっぱりマエストロはこの世界の状況を危惧し、憂いていらした、そして何かご自分の出来ることを考え、行おうとしていらしたのだ、と。

ある方の話では、マエストロからSocieta' del Quartettoへの提案で、急遽開催が決まったとのことでした。
この数ヵ月のマエストロは、体調不良のため中止、延期などの公演もありましたが、快復された時はホールが一つの感動に包まれる、素晴らしい演奏を披露されていました。
4月のケルン、ブリュッセルの公演も無事に行われ、5月はいよいよ初の韓国公演が行われる予定でしたが、ドクターから長旅を許されない体調のため、残念ながら延期となってしまいました。現在のコロナ禍、それにウクライナ戦争下の世界の事情では、安全・安心が第一、止むを得ないこととはいえ、残念な、又、心配なことでもありました。
でも、ミラノでのチャリティー演奏会が実現することになり、マエストロの体調も順調に快復に向いているように窺われ、本当に、ホッとしました。

今から50年ほど前、1972年の12月、ポリーニが舞台で「ベトナムの平和を願うメッセージ」を読もうとして、怒号と罵声を浴び、大混乱になり、演奏会を中止せざるを得なかった事件がありました。ベリオやマデルナ、ノーノなど多くのイタリアの著名な音楽家が作成し署名したメッセージだったのですが、保守的な聴衆には受け入れられず、ポリーニは以後数年はミラノで演奏をしなかったと言われています。ただその1か月後、郊外のサーカス小屋のテントの下で、同じプログラム(ベートーヴェンの後期ソナタ3曲)の演奏会を開き、詰めかけた市民、学生、労働者からなる聴衆を大いに感激させたということでした。

その(中止になった)時の主催者のSocieta' del Quartettoが、今回の主催者です。150年以上もの歴史をもつ由緒ある団体で、1959年、ショパン・コンクール優勝の前年にポリーニは初出演しています(ショパン・24の前奏曲)。
1972年以後はしばらく疎遠となりましたが、2004年にこの団体の主催で、ヴェルデイ音楽院にて現代音楽と“ハンマークラヴィーア”を演奏し、32年ぶりに関係が修復されたそうです。そして今回のチャリティー演奏会の実現。時の流れは・・・感慨深いですね。

今回のリサイタルの収益は、全てイタリア赤十字社に、ウクライナ支援活動のために寄付されるとのこと。マエストロの熱い想いと多くの聴衆の願いが、ウクライナの人々に届きますように! 素晴らしい演奏会になることを祈って已みません。

もう一つ、素敵なお知らせがあります。以前少し触れたことのあるファブリーニさんの著書“La valigetta dell'accordatore”が、翻訳され、近いうちに出版されるとのことです。まだ詳細は判りませんが、楽しみに待ちましょう。

2022年 5月24日 21:00
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