時々の雑記帳

音楽のこと、ポリーニのこと、日々の雑感を、
時々(気まぐれに)、書き入れます。

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このほかの日記帳はこちらを、すぐ前のものは「夏」7〜9月を、後のものは「冬」1〜3月をご覧ください。

(10月〜12月)

♪垣根の垣根の曲がり角・・・
この秋は木々の色づきが早く、いつも散歩に行く公園では、サクラの赤い葉やカエデの葉が黄から赤へと進む様子が楽しみでした。モミジの紅葉も鮮やかに、ケヤキ並木が黄色の葉で空を覆い、やがて地上に落葉を積もらせて秋の深まりを告げ、今はもう銀杏の黄葉が青空に映えて冬の到来を告げています。今年ももう残りわずか・・・になって「秋」の雑記帳を書いている、ちょっと悲しい私です。

この1年もコロナ禍の日々でした。混雑を避け、出歩かず、友人とも会わず。長い巣ごもりの日々は”冬眠”しているような感じで、そのせいで物質的には勿論、精神的・文化的にも発展性の無い(退化した?)生活となりました。世界ではもう脱コロナ!と、経済社会活動が展開され、日本でもフツウの暮らしが再開されているけれど、なにかしら変容があったはずのコロナ後の新しい社会に、果たしてついて行けるのかしら?と不安もあります。

でも、本当に不安なのは、心配なのは、この世界です。
2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻。軍隊がいきなり隣国に攻め込む、子供も老人もお構いなしに市民の殺戮が行われる、などという絶対悪の”暴挙”を前にして、世界中の国々が反対し、国際連合がその権威を持って力を発揮し、停戦を実現するだろう、と思いきや、現実は全く異なっていた・・・という驚き、落胆、失望。
そのまま、まだ終結が望めぬまま、年が改まっていくようです。

人類の文明は進歩していくものと思っていたけれど、一・二世紀も前に先祖返りしたような野蛮で残虐な戦争に、絶望感が湧いてきます。人間が未来にもこの地球上に生きていくには、戦争という「悪」を絶対に廃さなければならないのに。多くの国でナショナリズムが異様に昂じているように見えるのも、不安の種です。
今年の漢字一文字に選ばれたのは「戦」だとか。本当に残念な、悲しい年だったと思わされます。

そして一番憂慮されるのは、日本の現状です。
日本は「戦争の放棄」を憲法(第2章)に掲げている国です。これは「理想」です。でも、地上で唯一の被爆国として「地獄」を経験したからこそ、人類の理想を語る、いえ、語らなければならないのではないでしょうか。

その憲法を改正しようという動きが、次第に大きくなってくることに脅威を感じます。それでも公正な情報に基づき、公平な選挙が行われ、真剣な審議が尽くされ、国民一人一人が自分の意志で選んだ道ならば、尊重されるべきでしょう。
でも現実には、その正反対のことが平然と行われています。偏向した報道、権力による世論操作、正当な質問への無視、欺瞞に満ちた答弁、忖度に歪められた決定。閣議決定の至上化、国会の軽視、司法への介入。そう、民主主義の否定と三権分立の破壊が行われ、なのにそれらの動きに無関心な国民。
格差の拡大、貧困の増大の中で、国民の窮状には無為無策のまま、「反撃能力」とやらが内輪の話合いで決められ、閣議決定で防衛費が増額され、増税が予定され、国会の議論も無いままに既定の事実として扱われる(報道される)この国の政治。日本はもう「曲がり角」をとうに過ぎてしまったという絶望感と怒り、そして無力感。暗澹とした思いに捉われる日々です。

そんな日々ですが、12月初旬にリリースされたポリーニの新譜《ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番、第29番「ハンマークラヴィ―ア」》は、私には力強いメッセージでした。
音楽を愛し、人類の進歩を信じ、己のより高き地点を目指し続けた作曲家の、新たな道を示した至高の作品。
作品の真価、作曲家の真実を探求し、理想の演奏を求める演奏者の、年齢を重ねて深められ、浄められた心のこもった演奏。
第28番の第1楽章、”夢見るような”優しい音楽。透明感あるピアノの音が空の果てを仰ぎ見させ、懐かしさが胸に広がるようです。第2楽章の”行進曲風”の音楽は勢いをもって奏され、生命力に溢れたもの。早めのテンポはちょっと弾き急ぎ?と思われるところもあったけれど、気にならない。第3楽章の”憧れに満ちた”安らぎの歌、そして夢見るようなメロディーの回帰と、すぐに続く第4楽章の決然とした力強い音楽。私はいつもここに、夕暮れの静けさと、一つ、二つと瞬きはじめる星、次いで満天の星の輪舞のような、宇宙の星々の整然とした、揺るぎない運行を感じます。光と愉悦感に浸りながら、至高のものを称える音楽・・・と(個人の感想です)。
聞き終われば、幸せな気持ちで、感謝の思いが湧いてきます。

第29番「ハンマークラヴィ―ア」は、力強い壮麗な音楽、煌めく大伽藍のような演奏でした。作曲者の意思を尊重しテンポは早めに奏され、難曲がさらに難曲になっているのを、ポリーニは果敢に挑み、素晴らしい力感と重量感をもって築き上げられ、緻密に、繊細に、彫琢された音楽、そして何よりも美しく深みのある、心に染み入る音楽として奏されました。
第1楽章アレグロの重みと輝き、第2楽章スケルツォの活気と諧謔。第3楽章の、冒頭に付け加えられた2つの音符のもたらす神秘。静かさ、深さ、暖かさ。そう、作曲者の感情が豊かに響く音楽への、共感の込められた美しい演奏。そして第4楽章の構築性と流動性が奇跡的に融合した大河のような音楽。
ポリーニのこの曲に対する愛情、ベートーヴェンへの、音楽への深い畏敬の念を感じて、その真摯さに打たれます。そしてベートーヴェンの作品の巨樹のような姿に圧倒され、その前に頭を垂れ、感謝の思いを捧げるほかありません。

人間は愚かな生き物であるかもしれないけれど、人類の歴史にこれまで残されてきた”遺産”は数多く、大きく、尊いもの。芸術=音楽も美術も文学も、そして全ての科学も。それらの持つ力を信じて、貴重なもの、尊いものを見失わないように、心して歩んでいかなくては、と思います。

来年は世界に平和が取り戻されますように。2023年にはより良い世界が訪れますように。
皆さま、どうぞお元気で、良いお年をお迎えください。

新譜をディスコグラフィに記入し、2022-2023年のスケジュール表をUPしました。

2022年 12月19日 18:00
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