最後のリサイタルを聴き終えて、友人達と感想など話しあい、帰路はかなり遅くに夜道を辿りました。満月に向かう月が明るく、東の空にはキラキラと瞬く星が昇ってきていました。ああ、もう冬の星座が見える時季になったのね、季節は巡る・・・と思わずホロリ。
今年は1月にポリーニの来日予定が判り、期待に胸膨らませたものの、その後体調のためにキャンセルが伝えられたり、また他方では無事に演奏会が行われたと知って安堵したり。一喜一憂しながら過ごしました。秋口の公演にはドクター・ストップが報じられ、直前の中国公演は「飛行機の旅を止められて」中止に。それでは、さらに遠い日本には・・・と不安は募るばかりでした。
そのような日々から、今回の20回目の来日リサイタルが無事に行われたことは、本当に“有り難い”こと。長旅をいとわず来日されたマエストロに、また周囲の方々の支えに、招聘元の方々の尽力に、感謝の気持ちでいっぱいです。
翌日は温かい秋晴れ。青い空を遠ざかっていく飛行機を見ては、「良い旅を、マエストロ!」と心に思うのでした(我が家から見えるのは、多分羽田から飛び立った飛行機、なのに)。無事にミラノに帰り、ご自宅でゆ〜っくりと寛いで、長い旅、長くなってしまったツアーの疲れを、癒していただきたいですね。
11日の第2回目のリサイタルが21日へ延期となり、次の18日のプログラムは変更と知った時は、ショックでした。と同時に、最初の演奏会がどんなに渾身の力をもって行われたことか、と思いました。超絶的なテクニックを駆使し、熱いパワフルな演奏を披露した後の、達成感ある笑顔とともに、疲労感のにじんだマエストロの姿を、改めて思い出しました。
さて、18日のプログラムはベートーヴェン「ハンマークラヴィーア」から11日(→21日)と同じショパンとドビュッシーのプログラムに変更となっていましたが、当日のリハーサルの後に、ポリーニ自身の希望で、急遽再変更となりました。ソナタ第3番の代わりにノクターン、マズルカ、子守歌へ。
前回ソナタ第3番を聴いて、衝撃ともいえる大きな感動に打たれた私は、この曲をリサイタル前半に聴いたら「私、どうなっちゃうんだろう?」みたいな感じがしていたので、残念(本当に!)な気持ちの一方、フッと納得する感じもありました。でも、腕の疲労は十分に快復されたのか、その心配は残ります。
舞台に登場する歩調は、前回よりずっとしっかりした足取りでした。時間を置くことで、体調も快復してきたのなら、嬉しいことです。
2つのノクターンop.27は、やや緊張感をもって弾き始められましたが、2曲目はアンコールでもよく弾かれるポリーニの愛奏曲、美しさを味合わせてくれました。なぜか、懐かしい気持ちが湧いてきます。
3つのマズルカop.56は1986年来日で演奏されたそうですが、録音は無く、私には初めて聴く曲。じっくり耳をそばだてて、マズルカのリズムに就いて行く「舞曲」でした。素朴な村人の踊りを思わせながら、光と影が織りなされる、ショパンの郷愁が込められた曲。後期作品を手掛けてきたポリーニの“今”も、感じられる演奏でした。
2つのノクターンop.55。この曲は第1夜にも聴いたのに、美しい演奏だったはずなのに、あまり記憶にない(^^;)のは、その後のソナタで吹っ飛んでしまったのでしょうか・・・。今回はしっかりと聴いて、緻密な深みある美しさに、大きく飛翔するメロディから静かに深まる曲想の細やかさに、やっぱり素敵な曲だったのね! と感動を新たにしました。
「子守歌」は前回のアンコールで、“思いがけず”聴いた時の幸福感が甦り、しみじみと聴き入りました。
満場の拍手でマエストロを称えて、優しい笑顔で応えていただいて、前半は終了。
休憩時にお会いしたファンの方々も、美しい演奏を堪能され、皆さん感動の面持ちでした。本当にポリーニの弾くショパンは、どの曲も十分に吟味され、その魅力を余すことなく表してくれます。愛情が込められ、深い共感をもって奏される曲は、心に染み入るよう。このプログラムが聴けて、良かった! と思いました。この曲たちを選んだポリーニの、「約束」の通りに演奏会を行うことへの強い意思、思いの深さを、感じました。
後半はドビュッシー「前奏曲集第1巻」。ある方のご指摘で、この曲集全曲が日本では初めてプログラムに入ることを知りました。1976年にこの中の6曲(帆、野を渡る風、音と香りは夕暮れの大気に漂う、雪の上の足跡、西風の見たもの、沈める寺)が演奏されたのみなのです(アンコールでは何度か聴きましたが)。CDがリリースされて久しいので、なんだか聴き馴染んでいるような気がしていたのですが・・・。初のライブに、期待は高まります。
そして“!!!!!”というドビュッシーでした(*^^*)。ポリーニならではの澄み切った硬質な音、怜悧で緻密な演奏。なのに、柔らかく温もりのある響き、細やかな心情のこもった歌。
ドビュッシー独自の和音を美しく響かせ、独特の旋律をしなやかに奏でて、これぞドビュッシー!なのに、こんなドビュッシー、あり?とも思わされるような・・・“ポリーニのドビュッシー”でした。
1曲1曲が自由に発想され、独自の世界を形作る、その描き方の絶妙なこと!
静寂のなかに舞う「デルフィの舞姫たち」の幽玄な音色、「音と香りは夕べの大気に漂う」の芳しい詩情、「西風の見たもの」の凄まじいほどの冴え、「亜麻色の髪の乙女」の愛情に満ちた歌、「沈める寺」の重厚な存在感。恰もホールが“寺”となり、その中に居るように感じられるほど、圧倒的な響きに幻惑されました。最後の「ミンストレル」の諧謔性は、ポリーニらしい真面目(?)なユーモアを湛えて演奏され、全巻を終えました。
ホール中の拍手と喝采。アンコールは「花火」。前奏曲集第2巻の最後を飾る大曲を、瀟洒に、緻密に、華麗に、ダイナミックに、聴かせてくれました。
21日も同じプログラムとなりました(ノクターンop.55とマズルカop.56の順が入れ替わりました)。ソナタ第3番を、もう一度聴きたかった・・・という気持ちもありましたが、ポリーニの演奏が聴けるなら、どの曲でもOK!でもあります。
中二日おいての登場で、また少しお疲れもあったようですが、親しみ深いポリーニ愛奏の曲たちを、美しく真摯な、心からの演奏で聴かせてくれたリサイタルでした。
Bravo! Grazie! 本当に、ありがとうございました、マエストロ!
今回はドイツからJさん、アメリカからM子さんがはるばる訪日され、Iさん、H子さんもご一緒に、マエストロの演奏を楽しむことが出来ました。感想を話したり、外国でのマエストロの様子を伺ったり、楽しい時を過ごさせていただきました。ありがとう!
開始前や休憩時間に、ホールでお声をかけて下さった方々にも、お礼を申し上げます。皆様と期待の思いを交わし、感動を分かち合って、マエストロの演奏に臨むことは、とても幸せなことでした。
ありがとうございました!!! また、お会いしましょうね、ポリーニのピアノを再び聴く日を、望みつつ!!
新たなスケジュールのお知らせがありました。(Grazie, Marco!)
2019年5月7日、ミラノにて、シューマンのピアノ協奏曲、ズビン・メータとの共演です。