4月16日サントリーホール。この日の演奏をどんな言葉で表せば良いのでしょう。どうすればあの賛嘆の想いと感動を伝えられるのでしょう。
9日の川崎で感じたマエストロの来日への安堵と感謝。
初のホールでの緊張感からか、少し不安定な個所もあったものの、美しい音で奏された前半のショパン。緊張がほぐれた後半では、明晰な音で美を追究する集中力に満ちたドビュッシー。丁寧に真摯に曲と向き合うマエストロの姿勢に、見事なテクニックに、ポリーニ健在!と思ったものでした。
しっかし、健在!どころじゃなかった! その先の、さらに上を行くマエストロでした!
サントリーホールには開場と同時に入場者が列をなし、華やかなロビーには熱気とともに期待感が溢れていました。久しぶりにお会いする熱心なファンの方達とご挨拶するうち、4年ぶりに、このホールで、ポリーニ・リサイタルを聴く、という喜びが、より増してきます。会場もほぼ満席となって、興奮の度合いも高まって行きました。
定刻を少し過ぎて、いつもの前かがみながら、しっかりした足取りで登場のマエストロ、ブーレーズへの追悼として静かにシェーンベルクの「6つの小品」を弾き始めました。精妙な音を紡ぎながらブーレーズへの思いを深めて行くような、静謐な、しかし熱い演奏でした。退場するマエストロの目に光るものが・・・と、後である方から教えていただきました。
この日の私の席は、1階前方の左寄りの席、演奏する手がよく見える位置でした。ピアノは勿論"Fabbrini"、金文字が光り、華やかに、また安心感(?)を感じさせます。
シューマン「アレグロ」は奔流のように激しい想いが溢れる曲、ポリーニの手から生まれる音の熱さと激しさに耳も目もクギづけになります。一方花びらが舞うように優しいフレーズが浮かぶ美しい曲想は、優しく軽やかにその指から生み出されます。ドキドキしながら聴き始めましたが、ホーッと安らいだ気持ちで聴き終えました。
「幻想曲」はさらに充実した演奏でした。ソナタとして構想されながら、溢れ出る自由な楽想で、ソナタを越えてしまった曲。ファンタジーは大きく高みへと飛翔し、細やかなフレーズは感情を込めて優しく奏されます。第2楽章は力強く躍動感一杯に、フィナーレは穏やかな心地から夢が羽ばたくように高まりを増して、壮大な煌く音の伽藍を打ち建てました。若き日から取り上げているこの大曲に、ポリーニは愛情を込めて、より自由に自在に演奏しているようでした。音の美しさもポリーニならではのもの、高音部の煌めきは鮮やかに、低音部の重量感ある音は透明感を持って深々と響きました。
ホッとしたような表情で席を立つマエストロに、ホール中の熱い拍手喝采、そして笑顔で応えてくれたマエストロでした。
休憩中も何人かのファンの方と感激と感想を分かち合い、ヒートアップしたまま、また新たな期待に満ちて、後半の演奏に臨みます。
「舟歌」冒頭の重厚な音は澄んだ水底を覗くような透明感を湛え、揺れるリズムにのって歌われる歌はクッキリと豊かに、明るい日の光、また水の反映のような高音の煌きは眩いほど。その中に秘かに哀切な思いが潜んで、光が影を濃くして、曲は深みを増していく・・・ショパン晩年の傑作は、ポリーニの手で素晴らしい壮麗な姿を現しました。
ノクターンは前に聴いた時より、強い曲想に、緊張感ある曲に聞こえました。より深い思索の込められた曲、より精妙な美しさの宿る曲を、ポリーニは自然な息遣いで優しく奏でてくれました。
小さな宝石のような音で描き出された子守唄。ゆりかごのリズムは精妙に優しさを湛えて奏され、夢のような美しい子守唄になりました(でも、今夜は眠れそうにありません・・・)。
一旦舞台を下がって一息ついて、プログラム最後の曲「英雄ポロネーズ」が始まります。パワフルに、ダイナミックに、天と地を駆け巡るように音が渦巻きながら、壮麗な響きの大伽藍が現出しました。マエストロが全身全霊を込めて演奏した、心・技・体いずれも最高のものによって為された、圧倒的な音楽でした。
熱烈な拍手と歓声。ご自身も満足そうな表情のマエストロでした。幾つかの花束にこぼれる笑顔。ホール(主催者?)側からの大きな花束の贈呈もありました。ますます高まる拍手(スタンディング・オヴェーションも)に応えて3曲のアンコールを弾いてくれました。「革命」のエチュード、スケルツォ第3番、ノクターン第8番。「第3部」のような充実した曲と演奏でした。特にスケルツォ! 果敢な打鍵もさることながら、高音の光が煌めくパッセージのしなやかさは心に染み入るものでした。そして最後に「おやすみなさい」と、ポリーニ愛奏のノクターン。(やはり、今夜も眠れそうにありません、マエストロ!)
以前ポリーニの弾くベートーヴェンのソナタを聴いた時、素晴らしい演奏に感動しつつも、ベートーヴェンの「音楽」そのものにより感動を覚えた、ような気がしました。今回ショパンの名演に触れて、勿論ショパンの音楽が素晴らしいのは判っているけれど、それ以上にポリーニの「演奏」に感動している私です。いや、素晴らしいショパンの音楽をこの世に現出させるポリーニの演奏、彼の存在そのものが奇跡のようで、感動しているのかもしれません(どう言えばいいのか、自分でもよく判らないのですが・・・)。
マエストロ・ポリーニと同時代に生きて、その演奏を聴くことが出来るなんて・・・! 本当に感謝するばかりです。