白い花が目につく春のはじめでした。白い椿、白い沈丁花、純白のユキヤナギ、白木蓮・・・いつも春を迎える賛歌のように空に向う花は、祈りをこめて天を仰ぐかに見えました。
ここ数日の陽射しを受けて、いつになく堅い枝先だった桜も色づきはじめ、蕾がふくらんで、今日は二分咲き、三分咲き。淡い桜色が霞のように空を蔽うのも、間もなくでしょう。ようやく東京にも春がやってきたようです。明るい気持ちになり、前向きな心が生れる季節、春。自然の優しさ、美しさを目の当たりに出来る季節、春。でも、今年は・・・。
毎朝の新聞で、被災した方々の姿や言葉に涙ぐみ、TVの原発関連のニュースに憤り、不安感を増しつつ過ごしていますが、被災地から離れているほどに、後ろめたささえ感じさせられる“平穏”な日々は、かえって心を塞がれるようです。
早く被災の地に春の日が射すように、悲しみの中に居る人に暖かさが届くように、やっと残った木々が芽吹き、花が咲くように・・・東北の遅い、けれどとても美しい春が、希望をもたらすように、祈らずにはいられません。
自然、大自然という、その前には本当に小さな人間という存在です。でも、今回の地震・津波は、大自然の根底をも覆すもの。自然すらも地球の巨大なエネルギーの前には無力な存在だったと思い知らされます。
「国破山河在 城春草木深」と謳う詩(杜甫『春望』)があるけれど、今の東北地方では昔のままにあるはずの自然、山河は破壊され、春の草木も根こそぎ失われてしまったのです。“国破れて=戦火で滅茶苦茶になって”ではないことだけが、まだしも救いなのでしょうか・・・。
実際、この未曾有の国難を前にしてはいかにも微力な政府ですが、幸いにして平和な国家ではあり、世界中から支援の手を差し延べてもらえる日本です。本当にありがたいことです。なんとか心を一つにして、力を合わせて、困難を乗り越えていかなくては・・・!
それにしても、“小さな人間”が扱うには巨大すぎる力「原子力」を、統御できる、安全である、と豪語した傲慢、不完全な装置でよしとした瞞着、危機意識の欠如にみる無能、現場の人、周囲の人の安全を軽視する非情・・・。何十年にも亘って政府と経済界が作り上げてきたものの実態が明らかになるにつれ憤りが湧きますが、その電力を享受してきた私達の生活を考えると、なんとも遣り切れない思いです。原発の地の人々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
せめて、土地の、空気の、海の汚染を最小限に食い止めて欲しい、地球全体、世界全体への被害をもたらさずにいて欲しいと、願うばかりです。
「音楽」からもしばらく遠ざかっていました。先日はシューベルトの遺作のソナタを聴きましたが、悲しみに満ちた、暗い色調のメロディーがずっと頭の中に繰り返し響いていました。「ああ、楽しい音楽なんて、あるのだろうか!?」と言ったシューベルト・・・。今は「平均律」を聴いています。“小さな人間”(大バッハですが)でも、こんな素晴らしい偉大な音楽を生み出すことが出来るのだ、と思いながら・・・。
音楽はやはり「力」になりますね。地震発生直後は多くの音楽会が取りやめになりましたが、近頃は「音楽の力で励まそう」という音楽家達の活動も立ち上げられてきました。また海外でも「日本の被災者のために」と祈りと慰めの音楽が演奏され、「日本の復興のために」と励ましを込めて音楽会が催されています。音楽の結ぶ絆、その力を信じたいですね。募金も行なわれているとのこと、ありがたいことです。
マエストロ・ポリーニはこの3月〜4月、アメリカ・ツアーのご予定でした。先月の日記帳でボストンとストラスモアの演奏会がキャンセルになったと記しましたが、その後のニューヨーク、プリンストン、シカゴの演奏会も残念なことにキャンセル、つまり今回のアメリカ・ツアーが取りやめになりました。インフルエンザということでしたが、肺炎をも併発されたようです。マエストロ・・・どうか、ゆっくりと療養し、一日も早く、すっかり快復されますように! 4月末のロンドンに、お元気で登場されますように! 心からお祈りしています。
カーネギーホールには1回目はジェレミー・デンクという若手ピアニストが代りに登場しました。2回目は当初マレー・ペライアが引き受けたものの辞退し、演奏会がキャンセルになりました。ペライアはシカゴのリサイタルも引き受けていたのですが、やはり自身の体調を考慮して辞退し、ジョナサン・ビスが代りに登場することになりました。ポリーニ・ファンには、本当に残念なこの春のアメリカ・ツアーでしたが、耳の肥えた熱心な聴衆を前に、若いピアニストが演奏を披露する、よいチャンスとなるのかもしれません。
クロチルドさんから、ロンドンの4月29日のプログラムが変更になったとのお知らせを頂きました。ドビュッシーの練習曲から前奏曲への変更、曲目をスケジュール表に載せました。そのメールには、ロンドンでもニューヨークでも多くの見知らぬ方から日本へのお見舞いの言葉を受けたとのこと。世界からの暖かい心、嬉しいですね。
ドイツのJanさんからも、お見舞いのメールをいただいています。
来シーズンの予定も大分判ってきたので、“2011-2012 Season”のページを作りました。