時々の雑記帳

音楽のこと、ポリーニのこと、日々の雑感を、
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(4月〜6月)

梔子の香り
木々の緑が濃さを増し、紫陽花の青さが目に鮮やかになりました。梔子の白い花も咲き、甘い香りは周りの空気を少し重たげに感じさせます。もうすぐ梅雨入りでしょうか、鬱陶しい空模様が続きます。
ポリーニの演奏会が終って二週間あまり、興奮は醒めたけれど、あの感動は今なお宝物のように心に残っています。しっとりした中にも華やかさを秘めた、青や紫の紫陽花を胸に抱いているような・・・。

ある方から嬉しいメールをいただきました。中国語にご堪能で、Webに載った中国語のインタヴューを訳して送ってくださったのです。皆様にも楽しんでいただけることでしょう。

「中国の音楽家たちにより良い未来がありますように 〜Maurizio Polliniインタビュー」
2009年、5月21日 新京報(北京) http://ent.163.com/09/0521/09/59R0J4CG000335TL.html

Q.暗譜で弾く習慣は、どうやって身についたのですか?

Maurizio Pollini/A.(以下A.と略す):私は1968年に、ある作品の初演の前に、1日5ページずつ暗譜し、60ページの楽譜を熟練して覚えた事がありました。(楽譜を)一目見て記憶する才能を持っている人もいますが、私にはそういう才能がないので、指で覚えるようにしたのです。普段から街の中を歩いても、家にいる時も、頭の中には常に音楽が奏でられているのです。

Q.文字(訳注:文学の事)から受ける影響は?

A.私はモーパッサンを読むのが好きです。また、ソフォクレスが好きで、「アンテイゴネー」は最も好きなギリシャ悲劇の一つです。また、私はジョイスの「ユリシーズ」を読みたいのですが、英語で読むかイタリア語で読むかまだ決めていません。シェークスピアの全集は、英語とイタリア語の両方で全て読みました。
(訳注:ジョイスについては、Yahoo百科事典参照http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A4%E3%82%B9/)

Q.数年前に郎朗があなたの代わりに舞台に上がったことがありましたが、彼の演奏を聴いたことがありますか?
また、中国の若い音楽家たちに何かアドバイスを頂けますか?
(訳注:郎朗(らんらん):中国のピアニスト、北京オリンピックの開会式でも演奏した)

A.私は郎朗が現在、とても成功した(音楽家である)事を知っています。残念ながら彼の生演奏を聴いた事がありません。私は、中国の若いピアニストたちの演奏や、中国の作曲家たちの作品に触れた事がありません。彼らにより良い未来がある事を願っています。音楽面だけでなく、人間性においても成長する事を願っています。
私は、中国のクラシック音楽の学習に新たな風潮が生れつつあり、多くの若者が演奏会に足を運ぶようになったと感じています。私は、中国の音楽教育が、西洋の音楽学院のように、まずバッハ、モーツァルトを教えて、最後に現代音楽を教えるという事がないように願っています。同時に全てを教えたら良いのです。      (終)


1968年に暗譜した曲・・・翌年1月にブーレーズの第2ソナタを初演しているので、そのことでしょうか。
文学の趣味もギリシャ古典から現代まで幅広いですねぇ。フランス文学もお好きなようで、以前のあるインタヴューは、プルースト「失われた時を求めて」を読み了えた時でした。
ランランがポリーニの代役を努めた、というのは何時、何処で、どんな曲でのことでしょう。
“同時に全てを教えたら良いのです”・・・マエストロの視野には音楽(史)の概観が広がっているのでしょうけれど・・・。

まとめられた問いと答えの間にも、きっと、もっともっと多くの言葉があったのでしょうね。マエストロに尋ねたいこと、沢山ありますが、その一端を窺うことが出来ました。N様、本当にありがとうございました。

                          ♪

マエストロの6月はいつも、ヨーロッパの主要都市でシーズン最後のリサイタルです。ウィーン(芸術週間には毎年出演)やパリ、ロンドン(今年は行かないけれど)などは、ツアーというより、ポリーニがミラノ同様に“本拠”と感じる都市なのではないでしょうか。爽やかな6月のヨーロッパで、慣れ親しんだ都市で、深く愛するバッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」に取り組むマエストロ。素晴らしい演奏会になりますように!

昨日はサルディニアのカリャリ(Cagliari)で第9回聖エフィジオ音楽祭の最後(といってもオペラの演目は7日まで続きますが)を飾るリサイタル。
たまたま「巨匠たちのラストコンサート」(中川右介著、文春新書)という本を読んでいたら、カルロス・クライバーの章に“カリアリ”が出てきました。バイエルン放送交響楽団とベートーヴェン:交響曲第4番・第7番を、1999年2月26日この地で振ったのが、最後のコンサートだったのです。著者は“カリアリ”が地中海の島サルデーニャにあると知って、次のように書いています。「一月のカナリア諸島もそうだし、その前のスロヴェニアといい、まるで『俺を聴きたければ、地の果て、海の果てまでついてきな』というような態度である。」(章の題名も『 』の中の言葉。クライバーがこんな言葉を発するとは思えませんが。) ヨーロッパの人々から見れば日本(極東)の方が余程“地の果て”なのでは?と、可笑(苦笑)しくなりました。
カナリア諸島はスペイン領でヨーロッパ有数のリゾート、スロヴェニアは夫人の出身地で、演奏会の行われたリュブリャーナは首都、中部のコニシツァは今やクライバー夫妻の眠る土地です。そして、ラスト・コンサートの地“地中海の中”のカリアリ。先史時代、ローマ帝国時代の遺跡も残る、交易で栄えた美しい町です。
ポリーニの演奏会を前に、劇場の支配人は「ポリーニの再訪をとても誇りに思います。この音楽祭が今シーズン最も期待されるものの一つと認められることの証です。2010年も聴衆の期待に応えるよう努力しています」と(いうようなことを)述べています。
8日にはウィーンで、芸術週間のリサイタル。翌9日には市庁舎にて、その功績を称えてウィーン州から金賞が贈られるそうです。おめでとうございます、マエストロ!

今回の更新は、2010年のスケジュール表をUPしました。といっても、6月まで、2009−2010シーズンまでですが、ショパン=シューマン・イヤーに相応しいリサイタルばかりです。秋からのスケジュールはまだまだ判りませんが、2010年の後半も楽しみですね。

2009年 6月5日 17:00

5月19日 シューマン・シェーンベルク・ウェーベルン・ドビュッシー
にこやかな、けれど少し緊張感を漂わせた笑顔で客席に会釈し、席に着くやいなや弾き始めたシューマンのソナタ第3番。いきなり奔流に呑みこまれるような激しい曲を、瞬時に集中の極致に身を置いたポリーニは、厳しい横顔で、時に天を仰ぎながら、渾身の力を込めて弾き進んでいきます。滴る汗、もれる唸り、歌う声、そして息遣いまで、ハッキリと目と耳に焼き付けながら、私も渦巻く激流に揉まれていました。そう、2列目の中央部、ポリーニが弾く姿を目の当たりにして。 ポリーニのライヴは何度も経験しているけれど、今回は“生”ポリーニを体験した、という感覚でした。ピアノの音は直接的に耳と身体に響き、ポリーニの気迫も情熱も直接的に目に飛び込んできます。
静かに始まる第2楽章はクララの主題による変奏曲、優しい詩情に満ちた曲は愛情深く紡がれてゆき、終楽章のprestissimo possibileは、文字通り“これ以上は不可能”という速さで、迸る情念の逆巻く流れでした。迫力ある低音、光の粒が飛び散るような高音に包まれて、尋常ならざる世界が展開しているかのようでした。
そして、ポリーニの息遣い。初めは、誰の寝息? なんでポリーニを聴きながら眠れるの!? と思っていたのですが、実はポリーニ自身の呼吸だったとは! 規則正しく深い息遣い。早いパッセージ、激しい曲想でも、乱れることのないゆったりとした息遣い。ああ、これがポリーニの大きな音楽を生み、深い表現を支えているのか! と思い至りました。
圧倒的な演奏でした。弾き終ったポリーニも、半ば放心の笑顔から、満足そうな笑顔へ。今日の演奏会をこの難曲で開始することに、なにか心に期すものがあったのでしょうか。

幻想曲は本当に美しい、豊かな演奏でした。勿論ポリーニの集中力はとても高いのに、緊張感よりむしろリラックスしたかのように、曲が自由に羽ばたいて行きました。憧れに胸を熱くしながら、悲しみを天に放つように。第2楽章は躍動的なリズムに乗って高らかに力強く響き、凄まじいほどの力奏で昂揚し、終結部では今まで聴いたこともない激しく熱い音響が、ホールを揺るがしました。ペダル・ワークの凄かったこと! その興奮の治まらぬうち、静かにフィナーレを弾き始めるポリーニ。弱奏の時の表情はまるで祈りのよう。常に静けさを保って・・・けれど曲は大きさを増し、大伽藍のような壮麗さを現わし、また空から悲しみが舞い降りるかのように静かに曲を閉じました。
この曲もまた、新たな生命を得て初めて真の姿を表したよう、そんな感動に襲われた、巨匠ポリーニの演奏でした。

この日のピアノはホールのスタインウェイ。舞台のかなり前方に置かれていました。休憩の間にFabbriniさんが調整していましたが、2階席の方に拠ると、奥(学生席の後方)にもう1台のピアノがあったとのこと。開始直前までピアノ選びが行われていたのか、後半には取り替えるつもりだったのか・・・。
このピアノもとても美しい音で、ショパン・プロの楽器の華やかさより、落ち着きのある柔らかな美音と思われました。なるほど、シューマンに似合う音、と思いましたが、後半は、また、少し異なる感じの、透明感ある音色を聴かせてくれました。

プログラム後半は、ちょっと難しいとも、地味とも、“通”向きともいえる作品。まずポリーニの現代作品への橋頭堡(?)シェーンベルク、ウェーベルン。純粋培養されたような音色、研ぎ澄まされた精妙なタッチ、しなやかな動きに目と耳を奪われます。ウェーベルン作品の表現性の豊かなこと! ふと、ポリーニの本領発揮!という思いが過ぎります(もちろんショパンだって、シューマンだって、ポリーニ独自の音楽を十二分に味合わせてくれたのですが)。
ドビュッシー「練習曲集第2巻」も、素晴らしい演奏でした。詩的な表題のない、表現を磨く“ための”、技巧の“ための”練習曲。ポリーニは難技巧を軽やかに駆使し、これらの「練習」曲に課せられたピアニズムの“粋”を鮮やかに呈示しながら、更にしなやかな表現で、詩情を秘めた香気の立ち上る作品として聴かせてくれました。演奏会で取り上げられることの少ない、ユニークな曲たちの魅力を明瞭に示して。やっぱり、ポリーニの本領発揮!!

割れるような拍手に応える、充実感溢れるマエストロの笑顔。緊張から解き放たれた、心からの満足の笑顔のよう。花束贈呈は7つ。小さな子供にも笑顔で握手する優しいマエストロ(そうそう、ショパン・プロの夜も、小学生くらいの男の子が花束を渡すタイミングを失して迷っていると、ポリーニ自身が手を広げて迎え、優しい笑顔で受け取る、温かな光景がありました^^)。
アンコールは3曲。「沈める寺」はポリーニの十八番、深みある美しい演奏。練習曲で垣間見たドビュッシーの世界が、より詩情豊かに迫ってきます。「西風の見たもの」の荒れ狂う風の激しい演奏は、曲に脅威が潜むよう、ドキドキさせられます。長い演奏会の後に、こんな凄い曲を弾くなんて!と、唖然とするほど。なのに、もう一度サッとピアノの前に座り弾き始めたのは、リスト「超絶技巧練習曲第10番」。最高の、最強の、ヴィルトゥオーゾぶりを発揮した演奏でした。

ありがとう、マエストロ! 今日で日本公演は終り。長かったアジア・ツァーの終りでもあります。マエストロも「最後だから」と思われたのでしょうか。遠いヨーロッパに戻るマエストロ・ポリーニ。“祭りの後”の寂寥感に襲われますが、でも、今回の掛け替えのない演奏会の記憶は、熱い炎のように心を温め、希望の灯のように照らしてくれます。また逢う日まで。
Grazie mille!!!

久しぶりのポリーニ・リサイタルに、多くのファンの方と再会できたのも嬉しいことでした。ドイツからのJanさん、ひろこさん、ともママさん、ブルージェイさん、Arthurさん、ナミコさん、ズーさん(お姿をお見かけしました)、5年ぶりにお会いしたかずこさん。そして初めてご挨拶できたsegretoさん。
お話ししたいことは山ほどあるのに時間は少なくて、演奏会の後は興奮で言葉にならないほどで・・・。十分にお話しもできませんでしたが、皆様の笑顔が、ご一緒に経験した素晴らしい音楽の時を思い起こさせてくれます。
ありがとうございました。

2009年 5月23日 22:30

5月15日東京のオール・ショパン
爽やかな風の吹く夕刻、カラヤン広場には四方から人並みが絶えることなく、明るく照らされたサントリーホールに入っていきます。今日は東京でのショパン・リサイタル。
ホールに入るとまず、黒光りするピアノが目に入り、Fabbriniの文字が輝いているのが見えました。ああ、今日はこのピアノでマエストロの音楽を聴くのだ・・・と、ワクワクしてきました。
今日の席は1階前方のやや右より、指使いは見えないけれど、マエストロの表情や演奏姿が間近で窺える位置です。はるばるドイツから来訪(お仕事の都合もあるようですが)のJanさんと、いつも連絡や通訳をお願いしてご一緒するひろこさんと3人で、開始を待ちました。
大阪であんなに素晴らしかったのだもの、東京でも、という期待感と、中2日で移動もあるし、お疲れはないかしら、久しぶりのサントリーホールはどうかしら、という懸念もありました。でも、登場したマエストロのお元気そうな様子に安心し、演奏が始まってすぐに、そんな懸念は吹っ飛んでしまいました。

なんという美しい音だったことか! 深々とした響きの上に、キラキラと輝かしい音が丁寧に紡がれ、前奏曲は絶妙なテンポで進んで行きます。続くバラードも完璧な演奏で、充分手の内になる作品に自由な心で自在に取り組んでいるよう。楽器のポリーニ仕様の調整は勿論、位置もピタリと決まったのか、美しく力強い音響がホールに響き、どの曲も一回り大きな曲のように聞こえて来ます。
その感を強くしたのが、ノクターン7番。暗い情念が激しく表されて、まるでバラードを聴いているかのようでした。
ソナタ第2番もそう。楽器が充分に鳴って、ホールが力ある音、美しい音に満たされた演奏でした。大阪では、まるで初めて聴いたかのように作品の素晴らしさに心打たれましたが、今回は“初めて”という感覚は無いけれど、“威力”とでも言いたいほどの音の魅力によって、一回りも二回りも大きな作品のように感じられました。激情はより強く激しく表現され、美しさは宝石のように煌き、花のように優しいフレーズが心に染み入ります。

「英雄」ポロネーズも同様に、いえ、後半の演奏を通じてポリーニ自身がインスパイアされたかのように、さらに素晴らしい演奏となりました。マエストロの集中した表情を見、息遣いを感じ、その気迫に触れ、渾身の演奏を目の当たりにして、聴衆もその熱い世界に引き込まれ、ホール中が一つになったように感じられました。こんなに輝かしい「英雄」を聴いたことがあったかしら? こんなに壮大で充実した「英雄」がかつてあっただろうか? ああ、「英雄」とは、こんなにも凄い曲だったのだ! 
「ショパンの作品は、花のかげに隠された大砲である」というシューマンの言葉が、その正しさが納得させられる演奏でした。

一方、ショパン自身の「秘めた思索を潜めていない音楽は、大嫌いだ」という言葉を思わせるのが、前奏曲や子守唄(他のどの曲もそうなのでしょうが)でのポリーニの演奏でした。装飾の限りを尽くしながら、ショパンが書いたのは虚飾ではない、真実の美を求める深い思索を秘めた音楽だったのではないでしょうか。素朴なリズムにのった静かな音楽、精神を集中し、精緻な美しい音の一つ一つに命を吹き込む演奏。
ショパンの音楽は本当に多様な魅力に満ちています、おそらくショパンの内なる世界の複雑さのように。そのどれもが、ポリーニの手によって独自の生命力を得て私達の心に訴えかけてくる、奇跡のようなリサイタルでした。

熱狂的な拍手、スタンディング・オヴェーションに応えて、アンコールは・・・
「革命」、バラード1番、練習曲op.10-4。聴き応えある曲たちにさらに熱い拍手。「雨だれ」は最後のステキなプレゼント・・・と思いつつ、なお称賛の拍手を止めることができない聴衆に、最後にもう1曲が贈られました。なんと、スケルツォ第3番! 大熱演の後になお、こんな大曲を弾くなんて!! マエストロは“超”がつくほど絶好調だったのですね!

マエストロの笑顔を間近で見ました。にこやかな、晴れやかな、満足そうな、充実感を漂わせた笑顔を。そして嬉しそうな笑顔にも見えたことが、私(達)には幸せでした。

お疲れをものともせず、サイン会に臨まれるマエストロ。感謝!! 延々長蛇の列を見て、今回はご遠慮申し上げ、数名で余韻を味わいながら、ホールを後にしました。

2009年 5月19日 11:50

5月12日大阪のオール・ショパン
初夏の大阪はこの日、真夏の陽射しに照らされ、夕方には少し涼しくなったものの、湿気はかなり高かったようです。前面がガラス張りのザ・シンフォニーホールは、まばゆい光がファサードと内部の賑わいも照らし出し、久しぶりのポリーニを聴く期待と興奮で熱気に溢れていました。
私の席は2階後方の中央、舞台は遠くですがピアノは真正面、マエストロの演奏姿がよく見える位置です。黒いピアノの側面にFabbriniの文字が見えないのが、ちょっと寂しい気がしました。
7時少し過ぎ、それほど待つこともなく、前かがみで足早に登場のマエストロ。律儀に客席にグルッと一周挨拶される姿に、懐かしさで胸が一杯になりました。「ようこそ、マエストロ!」心の中で叫んでいました。

1曲目の前奏曲は、CDで聴き込んでいたよりもやや早めのテンポで、ちょっとナーヴァス?と思いましたが、繊細な音の連なりを愛おしむように弾き進み(オペラグラスを忘れたことを悔みました)、粒立ちの良いピアノの音の美しさを味合わせてくれました。すぐに続けてバラード第2番。詩情ある静けさと火を噴くような激しさのコントラストが曲の奥行きを感じさせる、安定感ある見事な演奏で、マエストロの好調さを思わせました。
一旦退場の後は2曲のノクターンop.27。暗い色調の1番は夜の雰囲気を漂わせ、端正に弾かれたポリーニ十八番の2番はいつもながら本当に美しく魅惑的。追加された2曲でショパンの音楽世界の豊かさが更に印象付けられます。次いですぐ弾きはじめたソナタ第2番。重い和音に続く動的で刺激的なアジタートは、曲が今まさに混沌から生まれ出るような激しさで響きました。こんなに激しい、生き生きとしたソナタを、聴いたことがあったかしら・・・こんなに優しく美しい歌があったかしら・・・CDで繰り返し聴き、実演でも何度か接しているのに、そんな感覚におそわれるほど素晴らしい演奏でした。葬送行進曲の深沈とした歩みの重さ、トリオの美しい旋律に込められた優しさ。耳も心も奪い去る集中の極みの終楽章。やっぱりマエストロ・ポリーニのライヴは凄い!! 圧倒的な名演に、割れるような拍手で前半を終えました。

後半、スケルツォの、ポリーニならではの緊張感を伴う早いテンポの演奏も素晴らしく、初めてライヴで聴くマズルカは、深い響きによって素朴な詩情が深められ、“舞曲”を超えた作品となり、子守唄の美しさにウットリしつ、感覚は研ぎ澄まされ・・・左手の揺りかごのリズムはいささかも崩れることなく、右手の精緻なレースのような装飾は溜め息が出るほど美しく魅惑的で・・・密度の濃い時間が流れて行きました。そして「英雄ポロネーズ」の壮大で雄渾な、力強く輝かしい演奏は、まさに圧巻としか言いようの無いものでした。

割れるような拍手、ブラボーの声に応えて、アンコールは「革命」、バラード1番、練習曲op.10-4。ホール中が更にヒートアップしていきます。いつまでも鳴り止まぬ拍手。ポリーニ愛奏のノクターンは本プロにあったし、今日のアンコールはきっと3曲、でも、マエストロを称えたい思いだけで拍手を続けました。ところが最後の最後に「雨だれ」を弾いてくれました! しみじみと美しいピアノでした(実は隣席の人が“多動癖”(?)という感じで、いささか集中力を削がれていたのですが、3曲で退席。「雨だれ」は、本当にしみじみと、落ち着いて聴けたのです^^v)

ありがとう、マエストロ! 答礼するマエストロの笑顔も輝いて見え、嬉しさに胸が熱くなります。
ようこそ日本へ、マエストロ! 東京でも大勢のファンがお待ちしております!! 

2009年 5月18日 11:20

北京からは一っ飛び
美しい緑の季節、五月。今年は大型のゴールデンウィーク、皆様も楽しく過ごされたことでしょう。
私は芝桜を見に富士山の麓に行ってきました。広大な土地のなだらかな起伏に、赤、ピンク、白、薄紅、淡い紫・・・優しい色の芝桜が描く模様は、“幸せ”を絵にしたよう。一つ一つはほんの小さな花なのに、一面に敷き詰められた花の群れは、ほのかな香りを空気いっぱいに漂わせています。雄大な富士の姿を眺めながら、花の絨緞の間を散策し、ゆったりした時間を過ごしました。新緑の爽やかな風は心地良く、柔らかな緑は目にやさしく、まばらな葉陰に飛び交う小鳥を見て、その囀りを聞くのも楽しいことでした。
我家に帰れば、少し留守しただけなのに、桜の若葉は緑を濃くし、ヤマボウシの花も咲き始めて、むせかえるような初夏の香りを漂わせています。自然の生命の成長を目の当たりにし、その力強さに元気づけられ、明るい気持になります。なにか良いことありそうな・・・♪

あるんですよ、ネ! もうすぐポリーニの演奏会・・・もしかして、もう来日されているかもしれませんネ?! 美しい日本の五月を、マエストロにも楽しんでいただきたいです!

4月の中国ツアーはどの都市でも大成功だったようです。香港については英文で読めましたが、上海、北京の評は見あたらず、諦めていたのですが・・・「波利尼」で検索したところ、ザクザク記事が出てきました。殆どはポリーニの紹介(“十一根手指”とか^^;)と演奏会の予告です。けれども中国語の文法は知らないし、漢字も簡体字ではサッパリ判らず。僅かな漢字とgoogleのハチャメチャな日本語訳を参考(?)に、想像力を加味して眺めてみると・・・。

香港では、近頃の経済危機の影響が懸念されたが、そんな心配は無用、切符は瞬く間に完売となった。待ち望まれた香港デビューに、聴衆の興奮も最高に高まっていた。
上海でも満員のホールで、聴衆は大喝采、アンコールは4曲、「革命」で最高潮に達した。舞台上に10のVIP席が設けられた(音大生のためと思ったのは、私の早トチリでした、すみません)。
翌日、マエストロは11時間も汽車に乗って北京に到着。23日はピアノの調整にかかりきり、当日も運んできたピアノとホール備え付けのピアノのどちらを使おうかと迷い(KAJIMOTOのサイトの写真はその時のものでしょう)、ギリギリになってホールのピアノ使用と決まった。
演奏会は大成功で、12回ものカーテンコール、アンコールは4曲。
ポリーニはホールのスタインウェイをとても気に入って、「世界中で理想のピアノを求めてきたが、ここで出会えるとは思ってもいなかった」と大喜びで、永久の記念にと、ピアノの内側にサインをした。ホール責任者は早速これに応えて「これは正にこのホールとマエストロの運命の縁です、どうぞ、またすぐに再訪してください」。

http://news.163.com/09/0425/16/57OS0DTH000120GR.html

北京の演奏会前にはインタヴュー(記者会見)が行われ、ポリーニは前回の来訪で故宮博物院を見物し感銘を受けたこと、中国の文化に深い関心を持っていること等を述べ、(肝心のインタヴューの内容は残念ながら判りません)、最後に「趣味は何ですか、暇なときは何をしていますか」との問いに、「視覚芸術を楽しんでいます、読書もするし、スポーツ、水泳も好きです。中国の映画もいくつか見ていますよ、『覇王別姫』をとても楽しみました」(インタヴューのサブタイトルの日本語訳“さらば、わが愛人”に、ドッキリさせられました^^;)

http://news.idoican.com.cn/zgwenhuab/html/2009-04/25/content_33567243.htm

http://ent.ynet.com/view.jsp?oid=50714806

KAJIMOTOのサイトにもあるように、マエストロはとても好調で、ご機嫌だった様子。中国ツァーの成功は本当に良かったですね。そしてご機嫌なマエストロは、日本のショパン・プロにノクターン2曲を追加! 夢のようです。マエストロ、ありがとうございます!

今回の更新では、スケジュール表にこの夏のシエナでの演奏会、来年2月バーデンバーデンとローマ、4月ボストンの演奏会を付け加えました。

2009年 5月7日 18:00

ハナミズキの明るさ
ケヤキの木が大きな箒のように空高く枝を広げている公園の道。ついこの間まで灰色の枝ばかりだったのに、ある日一番高い所に小さな緑色の塊が生まれ、日一日と緑が広がって、今は柔らかな葉が枝を蔽いはじめています。蕾から花吹雪まで楽しませてくれた桜は、若葉のそよぐ木になり、鮮やかなツツジは甘い香りを漂わせ、青い空にクッキリした花を浮かべて花水木も咲きはじめ、春から初夏へと移るこの季節、本当に美しいですね。

今年は特に初夏が待ち遠しく、ワクワクするのは・・・マエストロの来日が近いからですね(*^^*)。
日本のすぐ近く(?)までいらしたマエストロ、時差1時間の中国でコンサート・ツァーが行われています。15日夜8時、リサイタルが始まる・・・と思い、10時、そろそろ終ったかしら、アンコールは何?・・・などと、思いを巡らせていました。
そして翌日には早速レヴューが出ていました(Web上に。ありがたいことに、英語の文でした)。「私の経験でも稀なホール中のスタンディング・オヴェーションだった。ポリーニはそれを受けるのに相応しかった。」との文を嬉しく読みました。サッと読んでみると・・・。

開始は瞑想的な小品前奏曲Op.45、ポリーニは指のコントロールもピアノの扱いも完璧で、澄んだ透明なテクスチャーと絹のようなピアノの音色で演奏した。流れるようなテンポでショパンの深い詩的な洞察を、静かな穏やかな表現で描き出した。
バラード2番もまた流麗、流暢で、また自然な解釈の演奏だった。表面に細部の精巧さや劇的な感情をもたらすことよりも、本質の異なる対照的な幾つもの部分を、一貫性のある統一された芸術作品に変えることで、統合された音楽の建築物を立てることに傾注していた。この構造的な統一はスケルツォにも見られた。張りつめた厳正なペースで、明瞭な音楽の曲線を強調し、曲全体はやや重い足取りとなった。バラードやスケルツォの、感情的にコントラストをつけたドラマティックな演奏に馴れた耳には、ポリーニは時にアカデミック過ぎるように聞こえた。
ソナタ第2番は、構造を意識したポリーニ独特のセンスの、素晴らしい表出だった。全てのテンポ、ルバート、そして楽章間の休止までが注意深く考慮され、音楽の呼吸は途切れることが無かった。ショパンの抒情的な旋律線はここでも、誠実な心からの声となって歌われ、誇張や不自然なものは皆無だった。葬送行進曲の中間部、天国のような箇所で、これはきわめて良い例となった。うっとりするような抒情性が、規則正しい拍子のペースと飾り気ないアーティキュレーションの中に埋められていたとしても、決して退屈や沈滞とはならなかった。ホール中の聴き手を感銘させたのは、ポリーニの率直な、音楽的な誠実さだった。
4つのマズルカでは、ショパンの優美さと詩情を損うことなく、ポーランドの鄙びた味わいを保ち、付点リズムと彼の特徴である歌う調子で、この田舎の踊りを学究的なクラシック演奏会の作品へと変えていた。
子守唄はまた彼の音楽的な純真さと静穏を明らかにした。控えめになされる右手の細かい装飾と軽く揺れる左手のリズムは、この上なく穏やかで安らかな揺りかごの歌を思わせた。
最後に、荘厳な堂々たる英雄ポロネーズは聴衆の感動をクライマックスへと導いた。
アンコールは4曲。挑戦的な練習曲「革命」とop.10-4、バラード1番、ノクターンop.27-2。この内3曲は2週間前にキーシンが弾き、身体の内から興奮させ、妙技を披瀝したのだったが、ポリーニの率直で誠実な音楽性は遥かに優っていた。
Danny Kim-Nam Hui(Concerto Net.com)

今日は上海でシューマン〜ドビュッシーの作品の演奏。素晴らしい演奏会となりますように!

新しい日程がいくつかあったので、付け加えます。
6月にはサルデニアのカリャリ(Cagliari)でバッハの演奏。このサン・エフィジオ祭は4月中旬から6月初旬まで開かれる音楽祭ですが、プログラムはいつも直前になって発表されるようです(もちろんずっと前から予定されているのでしょうけれど)。2007年にはオープニングに、今回はクロージングに登場するマエストロ・ポリーニです。
平均律クラヴィーア曲集第1巻を連続して取り上げるのは、録音も完了し、もうすっかり手の内の作品となったからなのでしょうか。それとも、もっともっと深く探求しようとする、ポリーニの姿勢なのでしょうか。

2009年 4月19日 18:30

世の中に絶えて桜のなかりせば
枝先が丸く膨らみ、みるみる紅みを帯びてきて、もう今にも咲きそうだったのに、開花宣言も出て一輪、二輪と開き始めていたのに、戻ってきた寒さに足止めされて、まだ咲けないでいる桜。それでも陽のあたる枝には淡い色の花がチラホラと咲き始め、我家の前の桜の木も、朝よりは夕、また翌朝には・・・と、次第に華やかさを増していきます。今はまだ二分、三分咲き。きっと週末には一斉に花開いて、ワクワクする春の気分を味合わせてくれることでしょう。そして、のどかな春の心も。
4月、新たなスタートの時。ピカピカの1年生や新入社員が、明るく前向きな気持で歩み、時には安らいで楽しめる、暖かな優しい春となりますように。

1月から始められたマエストロのプロジェクト、パリとミラノで交互に行われる公演は3回目を終えようとしています。初回はベートーヴェンとブーレーズ、次いでシュトックハウゼン、シェーンベルク、そしてシューマン或いはブラームス、という時代を超えた音楽の並置でしたが、今回はシェーンベルク、ベルク、ウェーベルンという新ウィーン楽派のみの選曲。ピアノと、声楽も含めた他の多くの楽器との共演で、この時代の音楽の特色を鮮明に描き出すのでしょう。
そして4月・5月のコンサート・ツァーを経て、6月にはバッハの「平均律」第1巻のリサイタルが、ウィーンも入れて3回行われます。ポリーニのレパートリーの広さを思い、その一つ一つのシーンで最高の演奏を聴かせることを思うと、本当にため息が出そうです。

さて、中国と日本を巡る4月・5月のコンサート・ツァーは、ポリーニのレパートリーの中核をなすロマン派中心のプログラム。ヨーロッパを離れ、新たな土地を訪れるマエストロは、また新たな気持で臨んでいらっしゃることでしょう。
中国公演は、香港でショパン・プロ、上海でシューマン・ドビュッシー・プロ、北京ではまたショパン・プロ。
上海では“聴衆を10名舞台に座らせる”とか・・・間近で演奏に触れるのは、良い経験になるでしょう、とのポリーニの考えによるようですから、やはり音楽を学ぶ若者達なのでしょうね。急激に増えている中国のピアノ人口、多くのコンクールで上位を占める中国出身のピアニストたち。ポリーニの演奏の素晴らしさを肌で感じられれば、音楽家の卵たちには得るところ大となることでしょう。
北京の会場The National Centre for The Performing Artsは“The Egg”という愛称の新しいホール。天安門広場や故宮博物院にほど近い中心地にあり、チタニウムとガラスの外観が目立つ超モダンな建物で、2007年12月に柿落としが行われたそうです。オペラハウスなど3つのホールがある全5452席もの巨大な建物ですが、その内のMusic Hallは2017席、ポリーニのリサイタルにちょうど良い大きさですね。きっと音響も、現代の最先端を行くものなのでしょう。
香港から順に北へ向かうマエストロのツァー、中国の春を楽しむ旅にもなると良いですね。

ドイツから相次いでステキな知らせを受けました。バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」のレコーディングが既に行われたようで、Janさんによれば、DGのカタログに2009年にリリース、と掲載されているとのこと。Martaさんによれば、すぐに(soon)出ますよ、とマエストロが仰ったとのこと。soon?!!\(^o^)/・・・でも、マエストロの“soon”と、早く聴きたいッ!!という私達ファンの“soon”の間には、時間の感覚に差が有るような気もします。soooooooooonくらいの気持で待っていた方が良いのかもしれませんね。(※April foolではありません!)

今回の更新は、来シーズンのスケジュール“2009-2010 Season”をUpしました。アメリカではシカゴ、ワシントンでもショパン・リサイタルが行われます。カーネギーホールの3つのプログラムも記載しました。本当に素晴らしい曲ばかりですね。特に3回目! お聴きになれる方が心底、羨ましいッ!です。 ミュンヘンでティーレマンと共演(ブラームス第1番)するのも、ホット・ニュースです。

2009年 4月1日 12:45

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