日本列島はほぼ全て梅雨に入り、天気予報には傘マークが並ぶようになりました。この時期の雨は本来は田畑を潤す恵みのはずなのに、近年は豪雨となって災害をもたらすことが多いのが気がかりです。
東北地方の地震被災地にも雨が降るのかと思うと、暗い気持ちになります。不明の方の捜索が進むように、被災した方が安心して過ごせるように、復旧・復興が少しでも早く行われるように、お陽さまの助けを下さいと、天に祈りたい思いです。
一昨日は一年で昼が一番長い日、夏至。梅雨真っ最中の日本では、昼の長さも日暮れの遅いことも実感として判りませんでしたが、晴れた日には確かに夕暮れ時はゆっくりした時間が流れているようです。緯度が高くなれば日は更に長く、最北の地では白夜になるのでしょう。
今月はロシアまで演奏旅行のマエストロ。モスクワは北緯約56度、ペテルスブルクはほぼ60度。19時からの演奏会は明るいうちに始まり、終了後も薄明るい白夜の街で、音楽の余韻を、初夏の宵を楽しむことが出来るのでしょう。ロシアの聴衆とともにマエストロご自身も、素晴らしい時を過ごされたことと思います。
さて、今日はシーズン最後の演奏会、第20回ルール・ピアノ・フェスティヴァルでのリサイタルです。このフェスティヴァルは、5月半ばから7月末まで、76の公演が15都市の大小のホール、美術館、城や教会で繰り広げられます。著名なピアニストから新進ピアニストまで、ソロから室内楽、協奏曲まで、クラシックからジャズまで、100を越える演奏者・団体が参加する、まさにピアノの祭典。
コンクールに入賞した新進ピアニストのお披露目の場でもあり、河村尚子さん(クララ・ハスキル・コンクール)、田村響さん(ロン・ティボー・コンクール)、服部慶子さん(ベートーヴェン・コンクール)の名もありました。
マエストロの公演が行われるデュースブルクは、ライン川とルール川が合流する地で、ローマ帝国時代に開かれた町。近現代は工業都市として栄え、ライン川を通ってオランダから海へ、また運河を伝って北海へも出られるという、ヨーロッパ最大の河港を擁する街です。
昨年、中心地の再開発によってCity Palaisが誕生し、カジノ、ショッピングセンター、レストランが並ぶ中に、Mercator Halleがあります。Mercatorは16世紀フランドルの地理学者。丸い地球を平面の世界地図に表すメルカトル図法は、面積・形は非正確ながら、航海用地図として画期的なものだったそうです。この地で研究し没したのも、当時の街の活気や雰囲気を物語るようですね。その名を冠するホールは、ガラス張りの円形の正面を持つ超モダンな建築、内部も白と黒のクールな印象。きっと音響も良いのでしょう。
そして今回、マエストロはそのライフワークに対して“Preis des Klavier-Festivals Ruhr”を 受賞します。これはドイツで最も評判の高い“ピアニストへの栄誉賞”と見なされているもので、1998年より始められ、ポリーニは第11回の受賞者です。
ちなみにこれまでは、B.ダヴィドヴィッチ、D.バレンボイム、D.バシュキーロフ、G.ジョンソン、L.フライシャー、P-L.エマール、A.ブレンデル、P.ブーレーズ(ピアニスト?)、C.コリア、M.アルゲリッチが受けています。
おめでとうございます、マエストロ! 素晴らしい演奏会となりますように!
さて、少し前に遡ります。
6月6日のウィーンのリサイタルは、Janさんから「ドビュッシーが本当に美しかった、マズルカも素晴らしかった・・・」とホットな感激のメールが来ました。アンコールもドビュッシー、リスト、ショパンと全4曲(2007-2008 Scheduleに載せました)。
6月10日のロンドンのリサイタルは、3紙に批評が載りました。ここでもドビュッシーの前奏曲集第1巻はとても好評でしたが、前半のクライスレリアーナとショパンの作品には評価が分かれています。2つの評は酷しく、曰く「早過ぎ」「荒っぽく」「醒めて、理性的」で「熱狂性がなく」「ポエジーに欠ける」と、まぁ時々言われることなのですが・・・。
ポリーニの演奏会は天啓のような経験となる、と書くもう一つの評をザッと読んでみると・・・。
「ゆっくりしたエピソードにおける数々の熟考されたものが、より力強い音楽でのポリーニの明晰さと対比され、一方では、しっかりと全体の見通しを保ち続けていた」とのクライスレリアーナ評。
ショパンでも「彼の本領を発揮して、マズルカは憧れを秘めたメランコリーとリズムカルな勢いを絶妙に混ぜ合わせ、スケルツォでは、アンコールのバラードも同様に、彼のインスピレーションは途絶えることなく流れていった。」
後半のドビュッシーは、更に素晴らしい演奏で、
「単なる技巧的ヴィルトゥオジティを越え、色彩への注意深さを以って、音楽のドラマを損なわぬよう、十分に気配りされた演奏だった」
「ポリーニ独自の資産はピアノがいかに作用するかを、熟知していることだ。基本的に打楽器的なこの楽器を歌う楽器に変える方法を彼は知っている。ペダリング、タッチ、重さの微かな変化が魔法のような表現をいかに生み出し得るかを感じ、演奏を通じてその音楽のしなやかな息遣いを本能的に感じ取ることが出来る」。そして「ドビュッシーの前奏曲集はその適例だった」
「魅惑的な静寂から生まれる『デルフィの舞姫達』の彫像のような美しさ。自由な軽妙さがもたらす『遮られたセレナード』『パックの踊り』『ミンストレル』の上品な活気。比類ない洗練さで色彩の濃淡をつける『亜麻色の髪の乙女』の素朴な優美、『西風の見たもの』の半音階の突風と渦。そして霧のかかったハーモニーから現れ出てくる『沈める寺』の壮観。」
(Telegraph :Geoffrey Norris, 12/06/2008)
アンコールは3曲で、2番目に「革命」、3番目にバラード1番でしたが、これもまた素晴らしかったようで、前半を酷評した二人も、後半とアンコールに至っては「感激」「脱帽」という感じでした。
この演奏会はBBCのRadio3で7月3日に放送されます。まだ詳細が判らないのですが(多分、真夜中でしょう)日時が近づいたら、Url.をゲストブックに記します。
それから、ベルリン火災でのマエストロの発言を前回の日記帳に載せましたが、少し訂正させてください。
「私もアバドも、キャンセルはしたくありませんでした」と書きましたが、
「アバドと私はどちらも、公演を中止しないことが重要だと思っています」が相応しい訳です。
どうも、すみませんでした。