時々の雑記帳

音楽のこと、ポリーニのこと、日々の雑感を、
時々(気まぐれに)、書き入れます。

更新状況もここに載せます。
Menuへ

このほかの日記帳はこちらを、すぐ前のものは「夏」7〜9月を、後のものは「冬」1〜3月をご覧ください。

(10月〜12月)

カゼとともに
小鳥の飛ぶ影が白いカーテンを過ぎり、雲一つない青空にグライダーの響き。枝を露わにした木からハラリと紅い葉が離れる。どこか遠くで落ち葉掃きの音。
冷たく空気が澄んで、陽射しの暖かさが嬉しい静かな日、もう師走、すっかり初冬の景色となりました。
先月末に紅葉を見に富士の麓まで行きました。晴天に恵まれ、晩秋の景色を目一杯楽しんできたのですが、どこかでカゼのお土産まで貰ったらしい・・・師走は、風邪とともに来たりぬ、でした。いろいろ大切なことのある時だったのに(; _ ;)・・・。
でも、もう大丈夫。いつもの生活に戻って、音楽聴いて、インターネットやって(大掃除とかはイイのかい!?)、遅ればせながら更新しま〜す。
といっても、スケジュール表に幾つか追加するだけの、簡単更新なのですが・・・。

来年夏のザルツブルク音楽祭、マエストロは8月22日に登場。リサイタルのプログラムももう発表されていて、今秋のアメリカ公演でも演奏したベートーヴェン「テンペスト」「熱情」、シューマン「幻想曲」とショパン「マズルカ」「スケルツォ」。フムフム、お気に入りのプログラムなのね(*^^*)、きっと。
パリとミラノで並行して行われるポリーニ・プロジェクトでは、シュトックハウゼンの曲が一つ(ピアノ曲第9番)追加されています。シューマン「幻想曲」はここでも披露されます。
それから、ウィーンでもバッハ「平均律クラヴィーア曲集」。6月はパリ、ミラノと合わせて3回のバッハの演奏会。
・・・などと見ていきながら、5月の日本公演、プログラムは何かしら? と、想いを巡らしています。

マエストロの12月、スイスでの2回の演奏会は、無事に行われたことでしょう。でもスイスのニュースは全然キャッチできなくて、チューリッヒの曲目はとうとう判りませんでした。
ともあれ、今年のスケジュールを全て終えて、今はきっとミラノのご自宅で寛いでいらっしゃるのでしょうね。それとも、レコーディングとか?
どうぞお元気で、良いクリスマスを、マエストロ!

2008年12月11日 0:30

晩秋の前に
コスモスがいっぱい咲く風景が見たくて、昭和記念公園へ行きました。コスモスの咲き乱れる自然の野原ではなく、人の手で植えられ育てられた“コスモスの丘”ですが、素朴で心細げな風情で風に揺れる花々は、大地と空の大きさや、太陽の恵みを思わせ、小さな花の命の強さ、その愛おしさを感じさせます。その名“cosmos=秩序”のように花弁のキチンと並ぶ花は、華やかではないけれど、造化の妙、しみじみと美しさを感じさせます。丘は薄いピンクや淡い赤紫の花、所々に濃い赤、純白の花がアクセントになり、“cosmos=調和”ある色で一面に彩られて、青空のもと目を見張るほどの美しさでした。目から優しい色合いをいっぱい取り入れて、柔らかく染まった空気を胸に吸い込んで、心の中にもフワッと優しさを広げられる・・・そんな幸せな気分で歩きました。
次の週は黄色のコスモスを訪ねました。濃い色のキバナコスモスとは別のイエローガーデン、イエローキャンパスと言う種類です。これはレモンイエロー、レモンの果肉のような薄い黄白色で、一つ一つの花も、一面に咲く様子も、優しくたおやかで、洒落た感じの美しさです。周囲の木々はそれぞれの秋の色をまとい、季節が移りゆく跡を留めて、目を楽しませてくれました。木枯しが吹く前の、秋の一日でした。

マエストロのアメリカ・ツァーも無事に終りました。ミラノに帰ったマエストロは今月半ばの国内の演奏会まで、ゆっくり過ごされることでしょう。
ポリーニのアメリカ・デビューは、音楽活動に“復帰”したといわれる1968年。それまでもイタリア国内などで演奏会を行っていたので、彼自身には“空白”の時期は無いでしょうけれど、この年のロンドンやパリでのセンセーショナルな成功に加え、アメリカ・デビューは世界的に活動を広げるという大きな意味を持つものだったことでしょう。“40年記念”を祝うポスターも有ったというカーネギーホール。また以前小澤征爾さん(文化勲章の受章、おめでとうございます!)の「ポリーニのアメリカで初の協奏曲の演奏を指揮したのは僕なの」(というような)文を読んだことがあるので、ボストン交響楽団とも実は古い付き合いだったのでしょう。「40周年」との意識があったかどうか(あっても取り立てて変った点は無いかもしれないけれど)、今回のツアーは協奏曲の演奏4回(+公開リハーサル)というヘビーなスケジュールと、“meaty”な充実したプログラムのリサイタル。マエストロの体調も良く、熱のこもった演奏で大成功を収められたのは何よりでした。

ゲストブックにも評の紹介やライヴで聴かれた方のご感想をお寄せいただき、アメリカでの活躍ぶりが窺えたのは嬉しいことでした。私も新聞評など探しましたが、どの都市の演奏会も取り上げられているのは、ポリーニの実力と人気の高さゆえでしょうね。

シカゴでは“Pianist Pollini's a marathon man”(Chicago Tribune)(ゲストブックにお知らせがありました)。好調なスタートが嬉しく、その後の演奏会が楽しみになりました(聴けないけれど^^;)。

ボストンではBoston Globeに評がありましたが、主にKirchnerの初演とチャイコフスキー「悲愴」に割かれて、シューマンの協奏曲については少しだけ。
「敏捷な指の動きと非常に明晰な演奏で」「第1・3楽章は優雅で流動的で、真珠の音色だった」「レヴァインとオーケストラは敏感なパートナーで、常にポリーニに合わせていた」
The Boston Phoenixにも評がありました。
「レヴァインとは初の共演だが、二人は驚くほど共生的(symbiotic)だった。どちらも小節でなくフレーズで演奏し、そのフレーズを前進する勢いにしようとする。ポリーニは自己抑制と非の打ち所の無いテクニックで知られている。ここでは彼は初めから熱くなり、火花を発し、オーケストラとの親密な会話では優しく陽気に(特に緩徐楽章のクラリネットとの愛らしい対話)、ピアノの意匠を凝らした縫取りは魔法のよう、トリルとアルペッジョでの目のくらむような輝き・・・繊細さと勇壮の、明晰さと激情との驚くべき結合だった。スタンディング・オヴェーション!」

この演奏はWebラジオで聴くことができたのに、私は不覚にも聴きそこなってしまったのですが、ある方のご好意で聴くことができました(感謝!)。ポリーニの誠実さと温かさが滲み出ているような美しい音の、本当に熱い、また楽しさ、優しさのある演奏と思いました。

ニューヨークでのBSO演奏会はニューヨーク・タイムズに取り上げられましたが、協奏曲についてはやはり短く、「ポリーニはレヴァインとオーケストラを鼓舞して、心を惹き付ける、洞察に満ちた演奏を行った」「達人に相応しい、だが若々しく、興奮を湧き起こす演奏だった」

カーネギーホールのリサイタルは、お二人の方の感想にあるように、またメールを頂いた方からも、素晴らしい演奏でした、特にアンコールの練習曲op.10-4は、見事で、本当に完璧で、すごかったです! とのこと。
またWeb上に、ホールから帰ってすぐに記したような、ホットな評も見つけました。“After the Garden, the Bouquet”というタイトルの文を、よろしければお読みになってみてください。

http://www.concertonet.com/scripts/review.php?ID_review=5026

ところが、ニューヨーク・タイムズには辛口(というか、偏見があるというか、無理解というか)の評が載りました。人の感じ方はそれぞれなのだから、ある批評家がポリーニに共感できないことも、当然あるでしょう、が・・・。
(気分がノラなくて^^;)実は一部しか読まなかったのですが、それでも大多数の聴衆は熱い喝采を送り、前半も後半もスタンディング・オヴェーションで称えたことは、しっかり読み取りました(^^)v 聴衆の一人(そこに居なくても)という立場の私には、それで充分です。
終演後のサイン会も長蛇の列だったとか。ショパンの新譜にサインを貰うファン達の嬉しそうな様子、サインするマエストロの優しい笑顔を、目に浮かべています。

最後の公演には、Washington Postに“Pollini Reveals a New Side Of Beethoven -- and Himself”と言うタイトルの評(by Anne Midgette)がありました。ザッと読んでみますと。

ポリーニは頭脳的とかクールとか超然としていると言われるが、このリサイタルでは全くそんなことは無かった。彼の演奏には温もりと素朴さのある何かがあった。冷ややかな完璧性より、熟慮された人間性のようなものを差し出していた。特徴的だったのは冷たさではなく、その完全なる独創性だった。
ポリーニは音符でではなく、フレーズで考える。その思考は、例えばベートーヴェンに関して、世間一般の通念をはるかに越えている。2曲のソナタには、プログラムの他の曲と同じく、新しい面を見出すのは難しい。
だが、それは新しいものに聞こえた。単にベートーヴェンの新しい解釈というのではなく、全く新たな作品のようだった。それは「テンペスト」を開始する時のように、しばしば音楽が即興的に表れる、ふと奏者が次の道を探っているような趣がある、ということだけではない。フレージングが思いがけないものなので、聴きなれた曲が全く違ったものに聴こえたということなのだ。もし音楽が文章であるとしたら、内容を全く新たな言語に翻訳したようだった。しかもピアニストが気まぐれで、単に差異を見つけるための視点を押し付けているとは、決して感じられなかった。
ポリーニは66歳、だが長いことこの分野の主峰であったので、より年長に思われる。彼の演奏の特徴は首尾一貫している。(旋律)線の信じられないほどの流動性がある:「テンペスト」の終楽章はまるでうねる沸騰点に達したよう、個々の音はより大きいより複雑ななにかに包含されたよう、まるで音楽が別の媒体へと作り出されているようだった。ダイナミックな対比と観念の並置が驚くべき方法でなされ、それは彼をシューマンの理想的な演奏者にした:急転回や回転や方向転換は意味をなす物語の一部となった。しかもこれらの特色を描写して、全くそれを予測できなかった時に、予測できるように聴こえさせる。
彼は完璧だったか。否である。幾つか音を外し、無意識にうめき声を発した。だが彼はそのテクニックが完璧に聞こえるやり方で演奏した。技術的完璧さが、文字通りの記述というよりある観念である時でも、彼の指が鍵盤から音楽を引き出す方法は難攻不落であった。ピアノも特別だった。ファブリーニの楽器はスタインウェイの華やかな派手派手しさから、温かみを増した、より親しみ深い、壮麗な音へと調整されていた。
情熱の夕べはショパンの演奏で頂点に達した。ショパンはポリーニの“自宅の芝生”であり、3曲のアンコールもショパンから弾いた。彼が知的であったとすれば、それは思索のために沢山の糧を差し出すことにおいてであった。それは豊かな感覚であり、言葉にしようとすると減ずるばかりなのだ。

フ〜〜〜〜(下手な訳ですみません^^;) マエストロ、お疲れ様でした!

10月始めに予定されていたバーゼルのリサイタルは12月に延期になっていました。寒いスイスでチューリッヒと合わせて2回の演奏会です。
その他、判った曲目、アンコールなどを付け加えて、今回の更新といたします。

2008年11月3日 19:00

風に揺れて
花屋さんの店先でコスモスを見かけました。白い花瓶に淡いピンクと薄い赤紫の花を長めに活けると、秋の空気が部屋に漂うよう・・・でも、何かが足りない気がして、窓を開けて風を入れると、花が微かに揺れてコスモスらしくなりました。やはり野に置け秋桜・・・原っぱ一面のコスモスを見たいなぁ。
ポーランドの野原にもコスモスは咲くのかしら? マズルカを聴いていて、ふとそんな思いが過ぎりました。はかなげで素朴な美しさのある曲。楽しい舞踊を思わせる曲も、どこか鄙びた風情があり、でも紛う方なく詩情と憂いを秘めた美しさがある・・・。

ポリーニの新譜“CHOPIN”は、秋の初めの発売から繰り返し聴いて、今、深まる秋の友(伴)になりました。
「より自由に弾けるようになった」とポリーニ自身が言うように、しなやかでゆとりある演奏を、心から楽しんでいます。再録音の2曲を前のものと比べる・・・手にする前に考えていたそんなこともせずに、ポリーニの“今”その手から紡ぎ出される音楽を、ただただ嬉しく聴いています。美しい澄んだ音、キラキラした輝かしい音、重く深みある音も、素晴らしいですね。

バラード第2番は単独で聴くと(いつもはバラード集の2曲目として聴くことが多いので)、その悲劇性と激しさが一層際立つよう。アンダンティーノの音の美しさに、このCDに一気に惹き込まれます。「クライスレリアーナ」への答礼としてシューマンに献呈された曲。この頃、二人(リストも入れて3人?)の天才が交わったことを思うと、ロマン派の花開く“熱く輝かしい時代”に憧れの想いが湧きます。ショパン自身の傑作がいくつも生まれた1837〜39年。シューマンの「幻想曲」「クライスレリアーナ」もほぼ同時期の作品。ポリーニがこの年代の作品を選んだのは、時代の文化・芸術的な豊かさをも背後に窺わせるからでしょうか。

マズルカはショパンの愛情の込められた音楽、温かみあるポリーニの演奏と思えます。なにか懐かしい感じがするのは、ショパンの祖国への郷愁が底に流れているからでしょうか。寂寥感と、だからこそ、なお熱い思いが。

一転して、華麗なる円舞曲の溌剌とした楽しさ、美しさは、パリ風? ハジケルように華やかに盛り上がる中にもエレガントさを決して失わないショパンの魅力を、華麗に技巧を駆使しながらも端正さを保ったポリーニの演奏が、存分に描き出しています。そして2曲目のちっとも“華麗”じゃないワルツの美しさと言ったら! もっとゆ〜っくりと、もっと情感深〜く、或いは物憂げに、弾く人もいるかもしれないけれど、この絶妙なテンポ、端正で虚飾のない演奏こそ、深い内省から来る美しさを表せるのだと思います。聴き込むほどに心惹かれます。

即興曲第2番は、実は私、初めて聴きました。ノクターンのような、と思っているうちに力強い行進曲が響き渡り、これってショパン?(なぜかシューマンを思い出したりして)などと思っていると、キラキラ煌く音階をまとったパッセージが現れ、また幻想的な奥深い和音の響きで終りへと導かれる・・・なるほど、即興曲、自由で多彩な曲。ポリーニの手は細部の美しさを余すことなく示しながら、大きさと強さに満ちた演奏を繰り広げて、その魅力を味合わせてくれます。

ショパンの手稿を熱心に研究するポリーニは、ショパンの独創性が他の人の“校正”によって歪められていることを憂えています。ソナタ第2番冒頭部の繰り返しについては、ポリーニは随分前から最初の音から弾いていましたが、そのヴァージョンでこの曲を広め、レコーディングもしたかったのでしょう。他にも手稿の研究から改められた箇所があるのでしょうか。私には判らないのですが、どなたか気付かれたことがあればお教えください。
勿論、最初の録音を否定するものでは、全く無いのでしょう。ポリーニも(ショパンの録音全般について)「今は若い頃より、もっと自由に弾いています。以前の録音も気に入っていますよ。でも、今聞いてみると、少しばかりストレートに思えるものがありますね。」と言っています。
新たな録音はテンポを少し抑え目にし、ゆとりを持ち、それだけ深みを増して、内奥から湧き上がる熱いものを感じさせるようです。葬送行進曲の悲しみ、トリオの美しさ、優しさには胸が熱くなります。
そして終楽章はやはり"misterioso"。シューマンが「メロディーが無い・・・これは音楽ではない」けれども否定しきれずに、戸惑いつつ「スフィンクスの皮肉な微笑」と呼んだ曲。当時誰にも理解されないほど異端な曲を書き、しかもソナタの終楽章に据えるという大胆不敵な、革新者ショパン。「ショパンの作品は傑作ばかりです」と言うポリーニは、多くの美しい名曲とともに、この革新性、時代を超える音楽性に惹かれているのでしょう。
現代でも、いつまでも、本当に謎めいた曲。でも、ある人(誰でしたっけ?)の言った「新しい墓の上に、風に枯葉が舞い落ちる」という言葉は、ショパンが情景描写をしたとは思わないにしても、私にはなにか頷けるものがあります。秋の日、風に舞う木の葉を見ながら公園の道を歩いていると、目には見えないけれど風は、あの曲のようにうごめき、渦巻き、吹き去っていく、彼方へと・・・ように思えるのです。

今回の更新では、ショパン作品集をUpしてみました。以前エクセルで作った表に少し手を加えたものです。あの曲、いつ頃出来たんだっけ? この曲の作品番号は? などと思った時に、よろしければご覧になってください。

※と、書いたものの、アップロードに失敗しました。後日やり直してみますm(_ _)m
※※(娘の尽力により)なんとか、アップできました(^^;)。ご迷惑をおかけしました。

2008年10月9日 11:00

Topへ