窓を開けると高い空から寺院の鐘の音が響いてきて、下からは街の音がかすかに上ってくる、そんなリング沿いのホテルで朝を迎えて、ゆっくり朝食の後、ムジークフェラインへ出かけました。日曜日朝11時からのマチネ・コンサートです。
今日の席はホールの後方左側のParterre-Loge、正面のパイプオルガンが輝く華やかな黄金のホールが一望できます。壁や柱の装飾、天井画の見事なこと! 舞台は遠く、今日は表側で音響を楽しむ日、と思っていました。
ところがぺぴさんのご好意で、ホール中央部の良い席を譲っていただき、後姿ながらマエストロの指揮を正面に見つつ、素晴らしい音響を味わうことができました。12番はやはりとても美しい演奏でしたが、演奏後のマエストロの表情には、なぜか昨日のような会心の笑みは見られませんでした。
後半は自分の席に戻りましたが、やや遠く高い位置にあるせいか、響きはより円やかになって伝わってくるようにも感じられました。
ヴォルフの曲では、ウィーンフィル奏者のアンサンブルの素晴らしさを目の当たり、耳の当たりにしました。室内楽のように互いの音を聴きながら、呼吸を合わせて音楽を生み出していく、その柔軟さ、熟練性があってこそ、指揮者なしの協奏曲でもソリストをよくサポートし、一体となって優れた演奏をすることができるのでしょう。昨日の素晴らしい演奏の秘密(?)を見たような感じです。
第24番の協奏曲は、昨日より更に熱の入った演奏に思えました。その熱さ、激しさは胸に迫り、深い音響となって身体にも迫ってきます。その迫力はふとベートーヴェンを思わせました。彼を感動させ、第3番の協奏曲を生み出し、多くの傑作を書かせたハ短調。けれど二人のハ短調は趣が異なります。「運命に打ち勝つ」ようなハ短調には“ベートーヴェン”の刻印が押されているかのようですが、モーツァルトのハ短調はもっと普遍的なもの、人間の悲哀・苦悩があり、それが浄化されていくような・・・などと思いながら聴いていました。
「モーツァルトの音楽は、まず生き生きとしていることが、興味深いのです」とポリーニがいう時、リズム感に溢れ、活発で推進力に富んだ音楽、また人の息遣いのように歌う旋律、それらが大切なのだと思っていました。それらはもちろん、これまでも彼の弾くモーツァルトで楽しんできたことです。
でも、このハ短調の曲を聴くと、それだけではなく、モーツァルトが人間としての苦悩や怒りや悲しみを、確かに“生き”た人であること、その人間的深さが魅力的であり、また時代のうねりの中で、近代的人間の抱く不安感ともいうべきものを先取りする鋭敏さが、“興味深い”ということなのかもしれない、とも思えてきます。比類なき天才であっても「神の器」ではなく、真に人間的なモーツァルト。そして、なお高貴なモーツァルト、それがポリーニのモーツァルトでした。
演奏が終ると昨日に増しての大きな拍手、ブラヴォー、スタンディング・オヴェーション。鳴り止まぬ、いえ更に高まる喝采に、ついにアンコールとなりました。マエストロはピアノの前に座らず、アレ?と思っていると、今日は第3楽章。とても聴き応えのあるアンコールでした。
終演後、今日はマルタさんも一緒に廊下の列に並んで待っていると、ファブリーニ氏が通りがかり、彼女と握手して話しています。後で聞くところに寄れば「同じ仕事をしているのよ」とのこと。
そこへアンドラーシュ・シフ氏も来てファブリーニ氏と話した後、マエストロの部屋に入って行きました。コンツェルトハウスでバルトーク・シリーズを行っている彼も、ファブリーニ氏に調律を依頼しているのでしょう。もしかしたらマエストロも、聴きに行ったのかもしれませんね。
そして私もついにマエストロに会って、サインを頂くことができました。Grazie! Bravissimo! ・・・申し上げたいことはドッサリあったのに、でも、でも、マエストロの前に立つと言葉が出て来ない! 嗚呼! けれどマエストロのお元気な、優しい、神々しいほどのお顔を間近で見られたのですもの・・・(*^^*)
外に出ると雨がパラパラと降っていました。傘がない・・・でもかえって心地好い冷たさ。ぺぴさんご夫妻とマルタさんとケルントナー通りのレストランへ。
マルタさんは、ヨーロッパ中(+アメリカ?)オッカケのポリーニ・ファン、きっと今回も・・・と、「私も行きます」とメールしたところ、「会いましょう!」ということになったのです。そうはいっても言葉の不自由な私、ぺぴさんにも助けていただいたものの、聞きたいこと、話したいことのほんの一部しか話を交わせませんでした。
ポリーニのリサイタルを聴くのは(オッカケは、かな)5(?)年位前から、ヨーロッパのリサイタルは殆ど聴いていて、録音もいろいろあるとか。シエナやルツェルンのマスタークラスにも参加。ファブリーニさんとも親しく「素晴らしい人よ!」と。
夜、オペラを見に行くのも一緒と判り、「同じ趣味だと、同じこと考えるのね」と笑い合いました。ぺぴさんご夫妻はすでに「オテロ」をご覧になっていて、素晴らしかった!とのこと、ますます楽しみになりました。
皆お互いに初対面ながら、楽しいひと時を過ごせたのは、“ポリーニ”という共通項を心の中に持っているから。マエストロの引力に乾杯! そして、感謝!
一旦ホテルに戻ることにして、そこでぺぴさんご夫妻ともお別れしました。
2日間、本当にお世話になりっぱなしで、楽しい時を過ごさせていただきました。Grazie mille!!!!!
翌日にはイタリアへと旅立たれるとのこと、Buon Viaggio!!!
夜は国立オペラ座でヴェルディ「ドン・カルロス」を鑑賞。フランス語版で5幕、5時間という大作に、ちょっと迷ったものの、折角ウィーンに行くのだもの、Wiener Staatsoperでオペラ初体験も良いじゃない?と、半分おノボリさん感覚で行くことにしたのです。
何よりもまず、由緒ある劇場の重厚な佇まい、豪華さ、内部の煌びやかさに圧倒され、観客の華やかさに見とれ、気押されもしましたが、天上桟敷のGalerieは気さくな雰囲気で、私もリラックスできました。
座席の前の字幕モニターはドイツ語or英語、歌われているのはフランス語、粗すじだけは知っていても、劇の進行についていくのは難しかったのですが、それでも“音楽の力”は、やっぱり凄い! 歌手達の美しい声、声量豊かな、迫力ある歌唱。オーケストラ(B.デ・ビリー指揮)の底力ある(低い位置から響いてくるのでそう感じる?)表現、音色の美しさ。途中で気付いたのですがここのメンバーがVPOでもあるのですよね(って、常識でしょうが!)。そして何よりもヴェルディの音楽が素晴らしい! すっかり引き込まれて、5時間たっぷり(途中休憩が2回)、カーテンコールまでしっかり楽しむことができました。
劇場の外でやっとマルタさんを見つけて、お別れのご挨拶。“See you again!”と言ったけれど・・・もう、そんな機会も無いだろうなと、ちょっとジーンとしてしまいました。でも、だからこそ、私にとっては、心の中の小さな宝物のような、貴重なウィーンの2日となったのです。
翌日は、暑いほどの晴天。ベートーヴェン(Beethovenplatz/初期のソナタ楽しみです!)から始まって、ブラームス(Resselpark/ローマのプロジェットをよろしく!)、シラー(Schillerplatz/“歓喜に寄す”、昨夜の“ドン・カルロス”も良い原作をありがとう)、ゲーテ(Goethegasse/シューベルトのリート、良いですよね)、そしてモーツァルト(Burggarten/素晴らしい協奏曲を聴きましたよ!)達に(ついでにシシィ様〔Volksgarten〕にも)挨拶し、カール教会、ブルク劇場、パスクァラティハウス(月曜休館で残念)、王宮、ペーター教会、シュテファン寺院、モーツァルト・ハウス等(殆ど外側だけですが)見て歩きました。
あ〜〜疲れたぁ(^^;)。で、最後にトラムで一回りして、夕方ウィーンを後にしたのです。
この街には、もっとゆっくり味わいたい奥深い魅力があります。そこかしこに由緒ある建造物、作曲家の記念となる場所があり、音楽好きには堪らぬ魅力が。また歴史の重みを感じさせる美術作品や、世紀末の斬新でユニークな作品も興味を惹かれます。
またいつの日か、この街に来られれば・・・と、懐かしいような憧れのような気持ちが、今もあります。
でも、なにはともあれ、私にとっては最高の目的を達し、オペラも見て、温かい交流も得て、大満足! 楽しかったウィーンの3日間!
一人旅を気遣って下さった方、アドヴァイスを下さった方、現地でお世話になった皆様、このページを読んで、気をつけてネ、と思って下さった方、ありがとうございました!
それから、心配と迷惑かけた我が家族たちに、いっぱいの感謝を!!!