紅葉、黄葉、茶色の枯れ葉、さまざまな色合いの葉が晩秋の空に映え、音もなく枝を離れ、風に舞っています。
カサコソと足下につもり、くずれる枯れ葉の柔らかさ。赤い実や枝にたわわの柿の実。空気は冷たいけれど、晩秋の自然は温かい色に満ちています。寒さが来る前の、自然からの優しい贈り物のように。
春の若葉も、夏の緑一色の風景も美しいけれど、秋、木々がそれぞれ違った色合いに染まっていくのは、なんだか不思議な気がして、自然の繊細さ、また奥深さを感じさせられます。
そんな秋景色の中を歩いていると、聴こえてくるのはブラームスの交響曲第4番・・・木の葉がハラリと散るような、軽やかに風に舞うような、Allegro non troppo。繊細な表情づけ、しなやかなフレージング、生き生きしたリズム、自然な、そして最高に効果的なデュナーミク。豊かな温かみのある音色、懐かしい響き・・・それらを生まれ出させるカルロスの優雅な指揮姿。そう、カルロス・クライバーの新しいDVDにハマッテいるのです。素晴らしい音楽、素敵な映像に魅了されながらも、フッと彼の不在を思うと、寂しさがこみ上げてきます。でも今は、数は少ないけれど、奇跡のような貴重な録音を遺してくれたことに感謝しつつ・・・永遠なれ、カルロス!
ブラームスの4番が秋の曲とすれば、厳しい冬の交響曲は・・・チャイコフスキー「悲愴」。
先日、ゲルギエフ/ウィーン・フィルの演奏会で聴きました。ゲルギエフの故郷北オセチアを支援するチャリティ・コンサートです。以前から一度はウィーン・フィルを聴きたい!と思いつつ、高価で即完売のチケット、諦めていたのですが、今回1曲だけで入手しやすい価格なので、ダメモトでWebでトライ、なんと、すんなりと取れてしまいました(ヤッタ〜〜〜ッ!)
正午からのコンサートでしたが、ウィーン・フィルのメンバーは燕尾服で登場。ゲルギエフは黒いシャツに上着ですが、これが彼の“正装”なのでしょう。最初の挨拶で、このコンサートはロシア大使館の主催で、収益の半分は新潟中越地震に寄付されることになったと語られました。そして最後に拍手はしないでください、と。
開始の低弦の弱奏から緊張感がみなぎり、次第に管・弦楽器が加わり、透明感の中に柔らかさのある豊かな響きがホールを満たして・・・これがウィーン・フィルか、来年はポリーニが弾き振りするのね(^^)などと思ったのも束の間、「悲愴」の厳しい音楽にグングンと引き込まれてしまいました。
まるであの惨劇と恐怖を予見したかのような楽想に、背筋が凍る思い。楽章間をほとんど空けずに演奏され、第2楽章はやや早めのテンポ、もう少しウィーン・フィルの艶のある音色で優美さを楽しみたい気もしましたが、センチメンタルに過ぎず、これも良いのかも。第3楽章は鋭利なリズムが生き、オーケストラの水も漏らさぬアンサンブルに鳥肌が立つよう。そして第4楽章は深く重く、オケの底力を表すような・・・入魂の演奏でした。
曲が終わって長い静寂、祈りの時が過ぎて、ゲルギエフ、オケのメンバーは舞台を去っていきました。心の中で賛嘆と感謝の拍手。ゲルギエフの気迫のこもった指揮にも圧倒されましたが、ダイナミックでエネルギッシュであると共に、繊細な表情づけにも目を奪われました(席はPブロックでした)。
そうそう、サントリーホールでは、今年の演奏会の写真が壁に掲示したありました。ポリーニのものは5月6日の写真が、2階左奥にあります。
さて、マエストロはミラノでの演奏会を終えられました。ムーティと共演の協奏曲はWebradioでお聴きになった方もいらっしゃることでしょう。生き生きとした、祝祭的なモーツァルトでしたね。
クラリネットのA.ダミアンと共演の演奏会は、Societa'del Quartettoのためのものでした。このSocietaは、あのヴェトナム戦争反対のアピールをめぐりキャンセルになった時の主催者です。実に32年ぶりの演奏会。やはり話題になったようで、この時の聴衆で現在協会の理事になっている人の談話がありました(葉子さん、ありがとうございました)。
ポリーニが舞台に出て、上着から小さな紙を取り出し、ヴェトナム、と言うや否や大騒ぎが始まった。
「黙れ、黙れ」、「演奏するために此処にいるんだろう」と怒号、抗議、口笛を吹く者、舞台に上がる者、ピアノのフタを閉める者も。大混乱。
そして予想外の事態に対処することのできる協会の責任者は誰もいなかった。
ポリーニはまず声明を読んでからでなければ演奏しないと主張したが、彼に賛成する者と反対する者が怒鳴りあうホールの中では、それは不可能だった・・・。
彼自身はポリーニの行為に理解的だったようで、聴衆の手の施しようのない反応に当惑した、と語っています。もっと力のある人物がその場にいたら、事態は違っていただろう、と。
「ポリーニが我々(の協会)のためにヴェルディ音楽院で演奏会を開くのに、32年という歳月を要しました。時間とともに傷口がふさがったのです」
今、もしイラク戦争に反対する芸術家がいたら?
「当時のようなリアクションにはならないと思いますよ。世界を震撼させる事柄への声明に、誰も口笛をふく(やじる)ことはしないでしょう。それに協会の会員もあの頃とは変わりました。ずっと開かれた組織になっています。ご存知ですか、かつてある離婚訴訟で、手に入れ難い会員権を、夫と妻のどちらが保持するかで口論になったことも有ったのですよ」
保守的なミラノの聴衆・・・と言われはしましたが、この協会の会員であることがステータスであるような、ブルジョワ的(?)組織だったのですね。(でもその中に、ポリーニに賛成する人々も居たことが判り、ホッとしました)。
そのような会員に向けてのポリーニの行為は、若気の至り、無謀で反則的な行動などではなく、よく考えられ、強い意志に基づいた確信犯(?)的行動だったのでしょう。
今回の演奏会では、勿論、声明は読み上げられなかったようです(^^)。でも、ダミアンとの曲目、シュトックハウゼンのピアノ曲(7番と9番)とハンマークラヴィーアとを並べるプログラム、そして前日にはプレゼンテーションを行ったり、やはりポリーニは変わらず「革新的」ですね。
スケジュール表を少し更新しました。来年のザルツブルクは、8月31日です。