時々の雑記帳

音楽のこと、ポリーニのこと、日々の雑感を、
時々(気まぐれに)、書き入れます。

更新状況もここに載せます。
Menuへ

このほかの日記帳はこちらを、すぐ前のものは「夏」7〜9月を、次のものは「冬」1〜3月ご覧ください。

(10月〜12月)

この一年に、感謝。来年もよろしく!!
いよいよ今年も残りわずか。皆様、忙しい時を過ごされていることでしょう。
いつもヒマな主婦としても、なにかと気忙しい日々ですが、
どうもこのところ意識が1月5日に向かってしまって、
大晦日だの、お正月だの、はその前夜祭(?)みたいな感じ。いけませんネェ。
といって、1月5日に何をするという訳でもないのですが。
Editionを買って、遥かミラノの空に向かって、おめでとう!を(心の中で)言うつもり。
皆様はどんなお正月を過ごされるのでしょうか。

この1年、HPを開いて以来、ポリーニとともに歩んだ日々でした・・・
とは、おこがましいですね。要するにまぁ、ポリーニ漬けの日々でした。
チケット入手から始まり、CD発売の延期騒動(騒いでいたのは私だけ?)、
3回の公演とその前後の興奮、ていうか躁鬱状態(やはり私だけ?)。
夏の音楽祭では、現地で聴かれた方々のご感想を羨まし〜く読み、
9月のNYのショックと、10月のNYリサイタルの心配。
コンクールに関わる情報の多さ(必ずPolliniの名が出てる)には嬉しい悲鳴。。。
パリのリサイタルの感想は、鶏共和国で@パリの方のご感想を読めて、満足。
(最後のミュンヘンの情報が得られないのがちょっと残念でした。)
そして最後に、皆様にご協力いただいて実現できた「よせがき」。
振り返ると、ほとんどビョーキながら、幸せな日々でしたぁ(*^^*)。
その頂点にあるのが「5月」。時とともにますます輝きを増す、素敵な「思い出」です。
来年も「秋」を楽しみに、素晴らしい1年となりますように。。。

このHPも多くの方にお訪ねいただきました。本当にありがとうございました。
皆様からの暖かい励ましは、心の支え、元気の源。
貴重なご意見、ご感想、情報は、ここに集う方みんなの共有財産として、
来年もまた皆様とご一緒に、ポリーニへの想いをさらに深め、
その音楽をより深く味わい、愛していきたい、と願っています。
どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。

今、来日プログラムに書かれていた文章を、思い出しています。
ある年の大晦日。パリの街の喧騒をよそに、人影もまばらな図書館で、
「閑散とした閲覧室の片隅で、ジェズアルドの楽譜を広げて食い入るように見入り、 その音楽の余りの美しさに、我を忘れて思わず、といった風情で、小さな声で歌っている」マエストロ・・・。
マエストロ・ポリーニ、どうぞ静かな、平和な、良い時をお過ごしください。

2001年12月26日 09時17分

お祝いの言葉の花束を
日中は穏やかだった日曜日、夕方から北風が強まり、グッと寒くなりました。いよいよ冬、と覚悟するとともに、年末の気忙しさも感じ、時間の経つ早さも思わされます。皆様もお忙しい日々をお過ごしのことでしょう。

「よせがき」をスタートさせたことを、ゲストブックにも書いたのですが、別ページを作りMENUにも付け加えました。18日までの臨時ページです。
「よせがき」というと、普通は四角い色紙などに、真中に何か(日の丸とか^^;)あって、360゜グルッと、大勢で書き込む、というもの。カードで互いにメッセージを送る欧米には余り無い、日本的な物のようです。個人と個人の結びつきより、人がある集団に属しているという意識が重視されるのかもしれません。それだけに受取る人にも、皆の暖かさが伝わるのでしょうね。
ポリーニにそれを送るのはちょっと妙な感じもしますが、今度の「よせがき」はWEB上で作るため、形も違うし、感じも違います(見本をご覧になった方はお判りと思います)。マエストロに対し、一人一人が順に挨拶する感じ、と言えるかもしれません。ですから、そう、花束を渡す気持ち、握手を求める気持ちで(*^^*)、心を込めてお書き込みください。目を見て握手を返してくれるマエストロを、思い浮かべながら・・・(お返事はいただけないと思いますが)。
WEB(紙)上でなら何人並んでも、マエストロもお疲れになることも無いでしょう。沢山の方のご参加、ご協力をお願いいたします。

来年3月の、ドイツでの演奏会の予定を付け加えました。ベルリン、ミュンヘンの他にも、ドイツではいろんな都市で演奏するのですね。音楽の盛んな国、各地に由緒ある音響の良いホールがあるのでしょうか。

2001年12月9日 22時44分

マエストロ、走らないでネ
早いもので、もう12月。「師走」という名のように、なんとなく慌ただしく、気ぜわしく感じられる月です。特に11月末はVirus騒ぎで、2・3日が異常な状態で過ぎました。ご迷惑をおかけした方々に、この場であらためてお詫びいたします。
12月、慌ただしくはあっても、またいろいろ楽しみの多い日々ですね。忘年会、天皇誕生日(別に楽しみではない? でも赤ちゃんもお生まれ^^)、クリスマス。街は華やかに彩られ、クリスマスの曲が鳴り響き(これは少々苦手ですが^^;)、プレゼントを探すのも楽しいことでしょう。
DGカレンダーも出たようです(鶏掲示板の情報)。これをどこでどうゲットするかも考えなくちゃ。

ロンドンでの11月20日の演奏会の評が2誌にありました。簡単にご紹介します。
Guardian(11.22 Andrew Clements)
http://www.guardian.co.uk/reviews/story/0,3604,603527,00.html

ポリーニはとても偉大な資質の持主なので、目ざましさの少ない演奏であると、失望感も大きい。 20日の演奏会も、注目すべき点とともに、失望もいくつかあった。
シュトックハウゼン(ロンドンではこれまで演奏されたことがなかった)の9番は、単一の和音の繰り返しで始まり、音の複合体がその響きと性格を変えて種々のダイナミックなレベルで聴こえるように発展していく、という曲だが、ポリーニの演奏は無比のものだった。注意深いアーティキュレーション、全てのテクスチュアを透明にし、どんな細部もおろそかにしない。ウェーベルンの変奏曲でも同様に、素晴らしい技巧で、音楽の簡潔な表情の全てに意識を配りながら、優雅で完璧なラインを描き、作品の全体を形づくった。
しかし、この20世紀作品の前後の演奏は納得のいくものではなかった。晩年のブラームスはポリーニの性に合っていない。彼はノスタルジーや秋のメランコリーに時間を割かず、これらの曲を軽くあしらった。走り抜けるカプリッチオ、まとまりと感情の豊かさの少ないインテルメッツォ。ベートーヴェンでも、何よりも情愛を求めているOp.78のソナタにシビアに臨み、「熱情」の第1楽章の凄まじいアクセントのつけ方は、神経症の研究のよう。中心の変奏曲でやっと超越性を示したが、フィナーレでは聴衆に服従を迫ろうとするかのようだった。このようなよく知られた曲に新しい光を投げかける一つの方法ではあろうが、あまり報いられはしないと思う。(5☆のうち3☆評価)

The Times(11.23 John Allison)
http://www.thetimes.co.uk/article/0,,62-2001542586,00.html

ポリーニは今やピアノの長老とも見なされる存在だが、時には数十年前の若き扇動者だった時のように、妥協をしようとしない。(略)
だが、リサイタルは意外な失望で始まった。ブラームスの幻想曲は、それらが落ち着きを失わせるかのように不安定なものだった。この音楽は晩年のブラームス、その内省を伴うものだ。だがここでは短気に、怒っているようにさえ聴こえた。
ウェーベルンは論理的継続を試み、変奏曲の背後に数学的方法があるにもかかわらず、そこにはまた作曲された時と場所(ウィーン、1937年)を反映した緊張感がおおっていた。紛れのない孤独の色合いで始まり、速い中間楽章の騒ぎを経て、ポリーニはフィナーレに激しい集中をもたらした。 シュトックハウゼンの曲はこの狂った老作曲家がかつては言うべきことを持っていたことを思い出させてくれた。1曲目の輝く疾風、突き刺さる矢のような音は、新しいピアノ音響を開示した作品である2曲目の執拗な繰り返しと、効果的な対照をなしていた。これが演奏会前半の最高のものだったろう。
休憩後は注意力を緩めることなど全く出来なかった。ベートーヴェンのソナタOp.78にポリーニがもたらした繊細な妙技とウィットに感謝する。彼の「熱情」は更に人を動かさずにおかないものだった。神秘的な開始の後、彼はこの音楽の現代性を指し示す嵐のような旅に出発する。賛美歌にも似た緩徐楽章が一時の休息を与え、終楽章の自然発火へとつながった。最近のポリーニのベートーヴェン・チクルスの幾つかは、つまらないと思われたが、これは全くそんなものではなかった。

どちらもウェーベルンとシュトックハウゼンを高く評価し、ブラームスでは失望したとさえ書いています。ブラームス晩年の作品に抱くイメージとは違った演奏だったのかもしれません。
Timesにはもう一つ、クラシックとジャズの現代性についての評論があり、そこでポリーニをクラシック界での現代音楽の旗手としているのですが、今回の演奏について「どのようにしてロマン派のブラームスの幻想曲がロマンティックな点描主義のウェーベルンの変奏曲へと変化し、そこから、シュトックハウゼンの知的で威張った点描主義へと変異していったかを示す、素晴らしい演奏だった。この多様性の中に一致を発見することは、現代の"折衷主義"からは離れた世界である。」と評価しています。視点が違えば、ブラームスもまた興味深い演奏だったのではないでしょうか。
後半の評価は分かれていますが、「熱情」が激しい、燃えるような、緊迫感に満ちた演奏だったことをうかがわせます。
来年の日本でのリサイタル、ますます聴きたくなりますね(^^)

2002年の予定に2月のハンブルクを付け加えました。

2001年12月1日 22時31分

Pollini in Barcelona, in Rome, in Salzburg and in my dream
「審査の過程についての質問に、審査委員長が回答しなかったため、会場は騒然となった。審査員の一人、マウリツィオ・ポリーニが立ち上がりマイクを取ると、一瞬にして会場は水を打ったように静まり返った。ポリーニは落ち着いた声でコンクールの主旨と目的について説明し、聴衆は彼の声と言葉に聴き入った。そしてポリーニが話し終えると、割れるような拍手が起こった。まさに彼のカリスマ性を実感させられた出来事だった。」
という新聞記事を読み、「おぉ、カリスマ!・・・」と感心したところで、目が覚めました。
スミマセ〜ン! また「夢」のお話でした! m(_ _;)m
写真まで付いていたんですよ(「ポリーニを囲む会」のみたいでしたが)。
でも、目覚めてもなおボゥッと感心していて、心が温まったような気がしました(*^^*)。
このところ、ミケーリ・コンクールの記事を追っかけたり、ある方からお借りした古い雑誌の資料などを読み漁っていたからでしょうか、変な夢を見てしまいました。夢は深層心理から生じるものかと思っていたけれど、私のはどうも浅層心理からみたいで、タンジュンなヒトだってことが見えてしまいますね(ア、もうとっくにバレてましたネ)。

というわけで(?)、ポリーニ追っかけ・in internetを止められない私ですが、スペインまではさすがに行けませんでした。でも、前にご紹介したアメリカのポリーニ・サイトにバルセロナ公演のことが載っていて、アンコール情報がありました。
ショパン/前奏曲Op.28-15「雨だれ」と24、子守歌、練習曲Op.10-4と12「革命」、それにリスト/超絶技巧練習曲第10番、という豪華6曲!(順番は判りませんが)
バラード第4番の素晴らしく感動的な演奏・・・、約30分、最初から最後まで完璧なバランスとコントロールの壮麗な演奏(リスト? それともアンコールのこと?)・・・だったようです。
このサイト http://smcm.sphosting.com/ コンテンツが増えてきています。
なんとショパンのワルツ3番と、ベートーヴェン「皇帝」(2月・ローマのライブ)が聴けるんです!(一部分ですが、これがスゴイ!!)
Pollini Editionに関する情報(アメリカのDGサイトの?)もあります、覗いてみてください。

来年のザルツブルク音楽祭、ポリーニは8月18日に登場です。日曜日の午前11時から、ちょっと珍しいですね。調律は間に合うのかしら。。。
少し前に発表になった概要では、ポリーニの名前が無かったので、「どうしたの、マエストロ?(~~)?」と実は心配していたのです。モルティエ体制の10年は賛否いろいろあったようだけれど、ポリーニは2回のプロジェットを行なったり、積極的に参加をし「Mitdenker(共に考える人)」と書いてある文もありました。
新しいメンバーの統括する音楽祭に、少し距離を置くのかしら・・・、ポリーニのいないザルツブルクなんて!(どうせ行けないのに)と思ったりもしましたが。あぁ、良かった!(^o^)v(どうせ行けないけど)

LINK集に一つIANISさんのHPを加えました。新たにオープンなさったのですが、とても広範囲な、充実したコンテンツが揃っています。音楽に限らず広い視野をお持ちで、教わることも多々ありそうです。どうぞ、お訪ね下さい。

2001年11月18日 14時04分

晩秋の青空を望みながら
「晴れの特異日」といわれた「文化の日」、でも今年は朝から曇り空に覆われていました。
いつも晴れているのは偶然だったにせよ、穏やかな青空を見上げては、安らいだ気持ちになったものです。
現在の憲法が公布された日を記念して生まれた「文化の日」。文化は平和の中でしか育たない、花開かないもの。平和憲法の理念と文化を適確に結びつけた、良い記念日ですね。
このところの世界の情勢は暴力・武力の対決以外のなにものでもなく、「平和」という言葉さえ肩身の狭い思いをさせられている状況です。日本が世界に誇るべき「平和憲法」の理念も、狭められ、追いやられ、蹂躙されそうな気配。
まるで天が愁えているよう・・・と思っていたら、午後からは泣いて、いえ、雨になってしまいました。そしてもう、冬はそこまで・・・。もうしばらく、心安らかに温もりのある秋を楽しみたいものですね。

さて、マエストロのいらっしゃるミラノは、緯度でいえば北海道も北の方。もう木々が色づき、落ち葉が舞っているのでしょうか、それとも、雪・・・?
10月23日のトリノのコンサートは大好評で、「聴衆の感嘆と驚愕の喝采を巻き起こした」そうです。
ショパンの4曲のバラードは、「すべての音が真珠のような洗練さをもって奏され、すべての和音が様々な重さの慎重な調合で奏された。そのラインのくっきりした編み地がどれほど詩情を表出し、ポリーニの卓越した系統的な解釈によって、どんなに音楽の流れの満ち干が自然になされたことか! 純粋な状態の、サロン的な調子の少しもない、あるべき場所にいるショパン」。
リストのソナタは「遷り変りの技法」を完全に意のままにした、「そびえるような、象牙のような演奏」。リスト晩年の曲では、「和音」を「鐘の音」へと変え、ワグナーの「パルジファル」の鐘への連関からドビュッシーの象徴派への変容を思わせる、本質を明らかにした演奏だった、と。
アンコールは、よく知られた2曲ずつの前奏曲と練習曲。純粋に演奏の歓びのために、そしてまたおそらくは「誘惑を投げかけて」その度に聴衆の喝采が更に高まるのを確かめて、満足するように奏された、と。1曲目の後に一人の聴衆が「Grazie!」と叫び、ポリーニの慎み深さを知る人々は、これで演奏会が終わってしまうと思った、とか。でもその後3曲も弾いたポリーニが「トリノへ来たのは特別な至福の夕べだった」とありました。
(La Stampa 10/25)

このリサイタル前に短いインタビューがありました。拙訳ですが「ポリーニは語る(2)」としました。

11月初旬にはスペインへのコンサート・ツアー。1回めのリサイタルを終えたマエストロ、今頃は暖かい土地で太陽をいっぱい浴びて、寛いでいらっしゃるでしょうか。それともやはり「ホテルでピアノ」でしょうか。
イベリア半島はヨーロッパの中でも独特な風土・文化の土地ですが、イタリアとは同じラテン系、歴史的にも交流は深く、相通ずることも多いのでしょう、ポリーニはしばしば訪れ、また高い評価と人気を得ていることは、他の諸国と変わらないようです。聴衆の反応は・・・きっと、すっご〜く情熱的なんでしょうね(*^^*)。

1日と6日のマドリッドでのプログラムをスケジュール表に載せました。

2001年11月4日 12時07分

マエストロ、お疲れさまでした!
秋晴れの爽やかな日を楽しむことの少ないまま、朝晩は寒いほどの今日この頃です。木々の紅葉はまだなのに、もうなんだか晩秋の気配、今年は冬の訪れも早そうです。でも、来年の今頃はマエストロの来日中・・・「西風」が吹こうが「木枯し」が吹こうが、皆さま熱〜くなっていることでしょうネ(*^^*)。

さて、マエストロはミラノでウンベルト・ミケーリ・コンクールの審査を終えられました。
Il Nuovo 22日付に、審査の結果が載っていました。
今回は審査員全員一致の決定で1位なし、2位がアルゼンチン出身、16歳のHoracio Lavandera。3位にイタリアの2人、Andrea Bacchetti(23歳)と Roberto Prosseda(26歳)が決まりました。
非常にレベルの高いコンクールで、2次選出(9人から3人へ)も難しかったという記事もありましたが、「最終選考ではリサイタルと協奏曲を共に考慮するので、決定には複雑で難しいものがあった」と審査委員長(Berio健康上の理由によりPestelli氏に交代)「ミケーリの栄誉は国際的で、厳しく、演奏の範囲もとても広いのです」

Lavandera は1984年ブエノスアイレス生まれ。14〜15歳で3回もコンクール優勝を果たし、母国以外にもスペイン、ベルギー、イギリス、ブラジルで演奏し、CDも出しているそうです。稀に見る感情的な激しさで母国で喝采をはくし、アルゲリッチの称賛も得たという彼の演奏は、今回のスカラ・フィルとの共演(ラベルの協奏曲)でも聴衆を興奮させ、団員達は彼のために特別に「スカラフィル賞」を創設したということです。

3位を分け合った二人はともにイモラ音楽院で学ぶ友人同士。Bacchetti はファンタジー豊か、 Prosseda は安定性抜群。それぞれ優れた教師の下で学び、幾つかのコンクールで優勝、入賞し、各地(Bacchettiはヨーロッパ中心で音楽祭にも登場、Prosseda はヨーロッパ、中国、日本、南北アメリカ)で演奏し、CD録音もしているという、期待の若者達です。またBacchetti には現代音楽の演奏に対してグルベンキアン財団の賞も与えられました。

「神童」「天才」が大集合したようなコンクールですが、優勝者を選出しなかったのは「思慮深い決定だった」とFrancesco Micheli氏。「Lavandera に授与することはリスクがあるかもしれない。このようにして一瞬立ち止まることで、若者はその知識(素養)を深め、成長を続けるだろう」
Restagno氏「ミケーリの月桂冠を得たものは、完全な経験と備えのあることを示さなければならない。ファイナリスト達は非常に将来を嘱目されるが、国際的な場に投げ出されるのは未だ早い。栄誉が授与されないことを超えて、3人は非常に興味を引かれる、前途有望な音楽家だ。3、4年の内に彼らのうち誰かが脚光を浴びることを期待すべきだろう」

ポリーニからは「3人とも注目すべき素質を見せてくれた。将来の成長を願っている」と好意に満ちた励ましのお言葉。
彼には2次選考の後の微笑ましいエピソードもあります。
ホールの入口で審査員達が雑談しているところに、若者達が挨拶に来て、客観的な意見を聞こうとした。その内の一人Albaneseがおずおずとポリーニに近づいた、そしてすぐさまハイドン、シューマン、ブラームス、そしてリゲティ(2次で弾いた作曲家)について個人授業を受けた、と。音楽の話になると何処でも何時でも、熱っぽく話すマエストロが目に浮かびますね。

カジモト・フレンズの方、また梶本音楽事務所のHPをご覧になった方はご存知と思いますが、ちょっとお知らせです。
梶本ではフレンズを廃止して12月からカジモト・イープラスを立ち上げます。文字通りイープラスの抽選方式でのプレ・オーダーです。
ピッタリに電話を掛ける→つながらない(^^;)→電話を掛け続ける(T_T)→つながったら売り切れ(>_<)
という悲劇をなくす「便利」なシステムだそうです。
さて、チケットは取り易くなるのでしょうか?
そして12月1日「ワールド・ピアニスト・シリーズ2002」もプレ・オーダー開始。
ポリーニの2回のリサイタルはA(ピリス、ダン・タイ・ソン等)、B(アシュケナージ、アックス等)シリーズにそれぞれ入っています。
詳細は未だ判りませんが、そろそろチケット・ゲット作戦を考えなくてはならないようですね。

LINK集にいくつか新しいHPを入れました。

2001年10月23日 22時23分

Umberto Micheli 国際ピアノコンクール
ミラノに戻られたマエストロは、昨日からウンベルト・ミケーリ・コンクールの審査です。
このコンクールは1994年にポリーニの提唱で始められ、Gianluca Cascioliという若い天才を世に送り出しました。3年ごとの開催で、1997年にはユーゴスラヴィアのAleksandar Madzar が優勝、Nicholas Angelichが第2位。Madzerは欧州各地の音楽祭で活躍、Angelichもソロ、室内楽で活動し、来日もしています。この時はポリーニはArtistic Committeeのみで審査員には入っていませんでした。

第3回はなぜか4年目の2001年開催。ポリーニもまた審査員をつとめます。
審査委員長Luciano Berio、他の審査員はMichel Beroff、Natalia Gutman、Evgeni Koroliov、Aleksandar Madzar、Enzo Restagno、Charles Rosen、Alexis Weissenberg、Guo Wenjing。

Honour Committeeには音楽界の重鎮がズラリ。
Guido Salvetti、Carlo Fontana、Claudio Abbado、Salvatore Accardo、Vladimir Ashkenazy、Daniel Barenboim、Pierre Boulez、Alfred Brendel、Bruno Canino、Carlo Maria Giulini、Rocco Filippini、Zubin Mehta、Riccardo Muti、Goffredo Petrassi、Mstislav Rostropovitch、Wolfgang Sawallisch。

このコンクールを創設するにあたって「ベートーヴェンから現代の音楽まで」「室内楽も演奏するように」とポリーニは考えていたようですが、2回目のプログラムにはなぜかベートーヴェンが1曲も含まれず、ロマン派〜後期ロマン派〜20世紀〜現代音楽のソロと、ロマン派の室内楽が課されました。今回は室内楽ではなく、Final Roundに協奏曲が演奏されます。

プログラム(課題曲)を見ると、
第1ラウンド:a.・b.グループから選んで50分以内に。
a. バッハ:平均律第1巻、パルティータ、イタリア協奏曲、イギリス組曲他
b. アルベニス(イベリア)、バルトーク(戸外にて他)、ベルク(ソナタop.1)、ドビュッシー(前奏曲集、映像、練習曲、版画、喜びの島)、ヒンデミット(組曲1922)、メシアン(鳥のカタログ、幼子イエスに注ぐ20の眼差し他)、プロコフィエフ(4、7、8番ソナタ)、ラヴェル(鏡、夜のガスパール、優雅で感傷的なワルツ、クープランの墓)、シェーンベルク(3つのピアノ曲、5つのピアノ曲他)、ショスタコヴィッチ(24の前奏曲とフーガ)、スクリャービン(ソナタ5〜10番)、ストラヴィンスキー(ペトルーシュカよりの3楽章)、ウェーベルン(変奏曲op.27)等

第2ラウンド:a.・b.・c.グループから選んで75分以内に。
a. ハイドン、クレメンティ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、シューマン、リスト、ブラームス、の「ソナタ」
b. バッハ(トッカータも)、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン(幻想ポロネーズも)、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ムソルグスキー(展覧会の絵)、スクリャービン、の主に「幻想曲」
c. アンドリーセン、ベリオ、ブーレーズ、ケージ、カーター、カスティリオーニ、クラム、ドナトーニ、ファーニホウ、カーゲル、リゲティ、シャリーノ、シュトックハウゼン、クセナキス、の作品

Final Round は3人に絞られ、第1は60分以内で。
a. 第2ラウンドのc.グループから1曲(クルタークへの委嘱作ができなかったため)
b. 前ラウンドの曲から選択(自作を演奏したい場合は、6ヶ月前に提出する)

Final の第2は、ミラノ・スカラ座にて、その管弦楽団との共演。
モーツァルト:協奏曲第9番「ジュノム」K.271
ベートーヴェン:協奏曲第5番「皇帝」
ラヴェル:協奏曲ト長調
バルトーク:協奏曲第2番

バッハから古典派、ロマン派前・後期、20世紀そして現代作品と、ピアノの歴史を網羅したプログラム。高度のテクニックと、豊かな音楽性を要求される、おっそろしく難解なコンクールのようです。審査員も疲れるだろうナァ・・・。

なお、Concorso pianistico Internazionale Umberto Micheliのサイトは折々に更新されています。

http://www.micheli.it/ をご覧下さい。

11月バルセロナと12月パリでの、リサイタルの曲目が判りました。スケジュール表に載せておきます。
パリではショパン「舟歌」を弾くんですよ。CDであの冒頭の和音を聴いた時の驚き。清らかな水に光が射して、深い底まで見とおせるような透明な音色、輝きながら奥深い響き。ショパンの究極の傑作・・・と、思わされました。

2001年10月12日 11時53分

天高く耳肥ゆる秋
10月は肌寒い雨で明けました。涼しさは一足先にやってきているのに、なんだかまだ「秋」を受け容れられないような気持ちが、9月にはありました。
台風が多かったり、心が凍りつくような大事件が起こったり、その後のキナ臭い情勢が、「秋」という季節に抱くイメージ・・・落ち着き、充実、静けさといったものにそぐわないからかもしれません。温かいコーヒー(お酒でもいいデス)を飲みながら、音楽に、そう、ブラームスの室内楽にでも、耳傾ける秋の夕べ・・・などというものが、いかにも脆い平和の上にしかないことを知らされました。そして世界に対して狭い視野、一面的な見方しかしていなかったことも。
とともに、ささやかな楽しみの時、安らぎの時が、世界中のどんな人にも、いまこそ必要なのだとも思わされます。音楽、美術など芸術の秋、スポーツの秋、読書の、勉強の秋、旅行の、味覚の秋、それから収穫の秋。さわやかな秋晴れを望みつつ、多くの豊かさが平和の内にもたらされることを、願うばかりです。

10月は「衣替え」ということで、表紙を新しくしました。秋の風情にピッタリのマエストロのお写真です。コートを着ていらっしゃるようですが、去年の秋〜今年の春先の撮影でしょうか。なんで日本盤には・・・とグチるのはやめましょうね(やってるじゃないの!)。ライナーノーツの中の写真は、シューマン、クララの肖像画と楽譜の表紙2枚です。
9月末のヴェニスでの演奏会は、ベートーヴェンとショパンの作品でした。詳細は判りませんが、10月7日のニューヨーク公演と同じかもしれませんね。前半、後半ともに重量級のプロ、2晩分聴いたような気になるのでは、と、羨ましい思いです。ベートーヴェンも弾きたい(聴かせたい)、ショパンも弾きたい(聴かせたい)という、ポリーニの旺盛な意欲と大きな人柄の表れのような気がします。
ゲストブックの方にも書きましたが、新シーズンの演奏会予定も次第に明らかになってきました。コンクール審査、レクチャーなども織り込んで、多様な活躍ぶりです。
私ももっといろいろなジャンルの音楽に親しまねば、と思いつつ、ついついポリーニのCDに手が伸びてしまう毎日。 (座ってばかりいないで運動もしなければ、と思いつつ、ついついお菓子に手が伸びてしまう毎日^^;)天高く身々肥ゆる秋・・・フゥ。
アンコール表にも1つ追加しました。鶏共和国臨時掲示板から頂いた情報ですm(_ _)m

2001年10月1日 01時01分

Topへ