Wie aus der Ferne 〜Guest Book〜

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2005.10/23〜11/5(21件)

RE:プロジェクト2 投稿者:おじさん 投稿日:11/05(土) 23:06 No.817 [削除]

 ともママ様、優しいお言葉ありがとうございます。2002年のポリーニプロジェクトで、ポリーニが伴奏をするのを聴いて、ポリーニの伴奏の素晴らしさにとても感銘を受けたので、今回、聞き逃して本当に残念に思いましたが少し救われました…
 
 私は幸運にも、かなり早い段階でポリーニのシュトックハウゼンを聴く事ができました。というか、ポリーニが日本で初めてシュトックハウゼンを弾いた1978年の10番を聴く事ができました。確か前から4列目の正面でした。ポリーニのこの頃は、日本に来る前にハワイに行って思う存分海水浴を楽しんでから来るというのが習慣だったみたいなんですが、舞台に現れたポリーニのおでこが、一部皮がむけてまだら模様だったのを覚えています。この演奏会は追加公演で、後からチケットが発売されたのでようやく購入する事ができ行けたのですが、何と客席数が3000人を超えるNHKホールです。どこかの評で、この曲が受けた最大の拍手というのが有りましたが、現在以上に現代音楽が一般的では無かった時代に、ポリーニがこのシュトックハウゼンの10番やノーノのソッフェルテ・オンデ・セレーネを弾くのはとても無謀な事だったと思います。ノーノは日本初演だったし、シュトックハウゼンのピアノ曲は、1970年の大阪万博でシュトックハウゼンが来日した時に記念で発売されたアロイス・コンタルスキーが録音したレコードしか無く、よほど興味が有る人しか聞いていなかった曲です。もちろん私も、何の前知識も無く、ただポリーニだからと行ったコンサートでした。しかし、このシュトックハウゼンは私のそれまでの音楽観をひっくり返す出来事になりました。
 後で分かった事ですが、このコンサートの後、ホテルに戻ったポリーニは、親しい友人の前でまたシュトックハウゼンのピアノ曲10番を全部弾いて、この曲がどれだけ素晴らしいのか解説したという逸話が残っていました。言わば、ノリノリのポリーニが弾いたこの1978年の体験は、その後の私の人生に大きい影響を、それも素晴らしい影響を与えてくれました…

 3日、ポリーニのシュトックハウゼンは、また素晴らしい演奏でした。1978年の体験の上にまた新に音楽の素晴らしさを私に刷り込んでくれて、ポリーニには本当に感謝するしかありません。


プロジェクト2 投稿者:ともママ 投稿日:11/04(金) 10:45 No.815 [削除]

おじさん様、昨晩の遅刻、本当にお気の毒なことでした。動かない車の中でどんなにイライラなさったことでしょう! 
私は・・長男のインフルエンザもタミフルが効いて落ち着き、祝日で主人も家にいたので、オペラシティまでは車で10分とかからない所に住んでいるのですが6時には家を出ました。すみこさんに倣って『ウサギ』になり、開演までの浮き浮き感を楽しみ、6時半過ぎに会場に入りました。
まだ2〜3割しか人が入っていなかったのですが、1階中央に奥様が男性とすわっていらっしゃいました。あの方がファブリー二さんでしょうか?ピアノを見るとやっぱり金文字のサインがありましたね!
私も前から3列目の席でした。中央ブロックの右寄りだったので手は見えませんでしたが表情が手に取るようにわかり、音もとても良く聴こえました。6日もサントリーの3列目中央少し左寄りなので、今度は手も見えるかも・・と期待しています。(若葉シートでどこの席になるかわからない娘、「替わってェ・・。」と何度も頼まれているのですが、絶対No!です。)

最初のブーレーズ。会場が真っ暗になり、スピーカーから聴こえてくるクラリネットの音・・。それから舞台にほの暗く灯ったスポットライトの中でライブのクラリネットが闇のクラリネットと対話するように演奏する・・。
幻想的な演出もあって、ホールがどこか別の時空へワープした様な感覚になりました。
今までクラリネットに注目して聴いたことなどなかったのですが、昨晩はあんなにいろいろな音が出ることに驚き、その技の極致を見た思いがしました。

そしてポリーニの登場。ベルクの伴奏も素晴らしかったですが、今回初めて聴くシュトックハウゼンに私はノックアウトされてしまいました。
緊迫感漲るフォルテッシモからキラキラ煌く美しいピアニッシモまで、様々なニュアンスに富んだ音の質・色彩には震えがくるほどでした。
ある和音を打つときに一瞬ぎゅっと目をつぶる表情をしたり、何かとても繊細なものを傷つけてしまうのを恐れているような表情をしたり・・、視覚的にもポリーニが一つ一つの音に本当に神経を配っていることがよくわかりました。
2度ほど足元に目を向けていましたが、ペダルの踏み方も絶妙でまさに神業でした。

「苦悩に・・」は、おじさん様がおっしゃる様に私もスピーカーの音が少し大きいような気がしました。前から3列目でそうなのですから、他の席ではどうだったのでしょう。できればポリーニが二人いて2台のピアノで聴きたいなァ・・なんて勝手なことを思いながら、それでも打楽器を打つような打鍵の力強さや敏捷さ、そして不思議な静けさに感動しながら聴きました。

最後の「森は・・」、まるで前衛的なオペラか演劇を観ているようでした。大変なインパクトに圧倒されて、30分間『フリーズ』の状態でした。敢えてテキストの対訳を読まずに臨んだので、‘Is this all I can do?'以外、わからなかったのですが、息苦しいようなカオスの世界で、逃げ場もなく、押し潰されそうな気分になりました。

全部の公演が終わって、客席にいらしたマエストロも私の席のそばの通路を通って舞台へ・・。お相撲さんが花道(?)を通るときみたいに「タッチ」したくなりましたが、がまん、がまん・・。
何度も繰り返されるカーテンコールの間も、他の出演者たちをたてて、決して中央に立たず皆に拍手を贈って讃えていた姿に、謙虚で暖かい人柄が顕れていてますますファンになってしまいました!


11月3日 投稿者:おじさん 投稿日:11/04(金) 02:11 No.814 [削除]

 14回目の来日となるポリーニの11月3日、私が東京オペラシティコンサートホールに到着したのは19時40分頃。行楽帰りの大渋滞に巻き込まれてしまい遅れてしまいました。ベリオのクラリネットとピアノのための4つの小品を演奏中でした。後で聞いたらアンコールでの演奏で、この日はこの曲を2度演奏したとの事。ポリーニの伴奏を聞き逃してとても残念でなりません。
 しかし、アンコールでこの曲を弾いてくれたおかげでシュトックハウゼンに間に合いました。今日の曲目は

@ブーレーズ:二重の影の対話
Aベルク:クラリネットとピアノのための4つの小品op5
Bシュトックハウゼン:ピアノ曲7番
Cシュトックハウゼン:ピアノ曲9番
〜休憩〜
Dノーノ:…苦悩に満ちながらも晴朗な波…
E森は若々しく生命に満ちている

 ポリーニはA〜Dに出演というプログラムでした。
 
 さてBのシュトックハウゼンピアノ曲7番。この曲をポリーニが日本で弾くのは初めての事です。私の席は前から3列目だったので実に良くピアノの音が聞こえましたが夢見るような美しい音に驚きました。半ペダルのニュアンスや音が鳴らないように鍵盤を押さえ共振だけで鳴らす弦の音まで手に取るように聞こえました。ショパンのノクターンの録音の音がドルチェ(甘く)と思っていましたが、やはり本物の音は違います。「いい音ってなんだろう」という村上輝久氏の本に、ポリーニ24歳の時に調律をした時の話が載っていますが、その時ポリーニが要求したのがドルチェ! 村上氏がソフトな音なのかなと思いソフトに整音したらノーという返事。そこでポリーニがケーキを持って来てこれがドルチェだから食べてくださいと勧められ、村上氏は甘さが口一杯に広がったのでどんな音なのか分かったという話なのですが、その音が眼前に有るような気がしました。拍手無しで9番を続けて演奏。個人的には、やはり10番を見たかったのですが仕方がありません。9番は1989年来日時に初めて弾いた曲で、1998年、2002年に続き4回目になりますが、席が近いせいか、今までで一番美しい9番でした。後半の右手が急速に動くパッセージなど、微妙なニュアンス付けをしていて、まるで虹色の光の洪水のようでした。
 休憩後のDのノーノのソッフェルテ・オンデ・セレーネ。これは1978年日本初演。1993年、2002年に続きこれも4回目となります。スピーカーから出る音が、1978年の頃のヒスノイズが盛大な音から、技術があがり、2002年の時など、ポリーニの生の音とほとんど変わらないような印象を受けましたが、今回はスピーカーの方が大きいようです。また、ヒスノイズが目立つ所もあって少し気になりました。ピアノのまん前にもスピーカーがあり、楽譜の指定から外れたセッティングは今回が初めてだったと思いますが、理由は何でしょう?
 ノーノがイメージした鐘の音というのは、今回が一番表現されていたかもしれませんが、もう少し、生の方のポリーニの音に浸りたかったのですが、これは、6日以降のリサイタルへお預けです。
 さて本日のメインのE森は若々しく生命に満ちている。演奏を終えたポリーニは、客席に出て来て、客席中央にセットされたスピーカの調性卓の近くに座りました。ステージセッティング中で客席は暗かったのですが、拍手が起こりました。ポリーニは1日のシンポジウムで、政治色が強いが音楽が素晴らしいのでぜひその辺を聴いてください、というような発言がありましたが、ポリーニには申し訳ありませんが、私には音楽には聞こえませんでした。声、テープ、クラリネット、パーカッションのための大曲なのですが、真鍮と思われる30cm×1m50cmぐらいの板が5枚も用意され、それを金槌で5人の人が一斉に叩くと、さすがに耳が痛くなりました。テープだけの部分が意外に多く、30分を超える曲ですが、ライブのパフォーマンスと半々ぐらいの感じでしたが、全部、テープでもOKなのではないかという印象で、わざわざライブをやる意味がつかめませんでしたが、きっと綿密に楽譜に指定されているのでしょう。私には音楽というより、パフォーマンスと感じました。しかしそれまでの曲が全部霞んでしまうぐらい強烈な体験であった事は間違いありません。私がライブでこの曲を聴くチャンスは、2度と無いような気がしますが、貴重な体験でした。


いろいろな意見がありますね 投稿者:グロスター 投稿日:11/03(木) 10:56 No.813 [削除]

アンダンテのモーツアルトの20番の3楽章、ピアノが不調とういうのではなく
オーケストラとの掛け合いが気になりました。モーツアルトの特徴がでたところなので
その分、ざんねんでした。ピアノだけ聞いている分には不満はないかもしれません。
また、カデンツァの出だしでテンポが少しもたついて、音が濁った感じです。 
これは、ライブで指揮まで行っているので、しかたがないと思います。
しかし、ポリー二でしか味わえない境地を味わえて、大変満足しています。

国内盤が良いと言う意見は珍しいです。 輸入盤は立ち上がりや抜けもいいですよ。
輸入盤は、製盤の工程が少ないのでしょうか、夜想曲の輸入盤は内周にもバリがあります。 
それは、光の当たる面に出ており、それがあるとプレーヤーにCDを置いた時に水平が
取れなくなります。すると読み取りエラーやレーザーの距離の制御電流(ノイズ)などが
増えます。ノイズやジッター(ユレ)が増え、奥行きのが減り、ざらついた薄い音になります。


(無題) 投稿者:通りすがり 投稿日:11/02(水) 22:28 No.812 [削除]

上映会のビデオですが、クラシック音楽専門チャンネル「クラシカ・ジャパン」
で時々放映されています。ただ、市販はされていないようですね。

美しい映像と音楽でとても魅惑的なビデオですよね。


ブラームス 投稿者:リキリキ 投稿日:11/02(水) 17:08 No.811 [削除]

お邪魔ついでに

甘えん坊さん、わたしもブラ1は断然新盤の方が好きです。
旧盤はピアノはいいのですが、指揮者がちょっと...
以前聴いたときはピアノが走ってしまっているのか
と思いましたが、自分で勉強して弾いて見たら(モチロン
生オケとではありませんが(笑))、ポリーニが
ちょっと?な指揮者に必死に合わせようとしている
のではないかと思えてきました。
(彼のファンの方がいらしたらごめんなさい)

新盤の方は、パーフェクト!完璧!(同じだ(^。^;))
オケとの細かい合い方といい、神技です。
異様なくらい精緻で緻密で大胆で...どの瞬間を
とってもぎょっとするほどです。
ただ、もしかして初めて聴く方にはちょっと
余りに整理されすっきりしていて、余計な雑味が
まったくなく、物足りなく思われるかもしれません。
が、聴けば聴くほどによく思える演奏だと思います。


びっくり 投稿者:リキリキ 投稿日:11/02(水) 16:55 No.810 [削除]

シンポジウムのお話し中、お邪魔して申し訳有りません。
表のスケジュールを拝見していたら、アバド+ルツェルンと共演..
というのを見つけてしまい、吃驚仰天!狂喜してしまったもので。

こちらずっとさかのぼらせていただいたら、9月にもうわかっていたのですね!
私一応サントリーの会員なのに、一体何をぼーっとしていたのやら..
来年もあるということがわかっていれば、今回も気が楽というものです(?)
チケット...悩ましい。なにはともあれ、財政をなんとかしておかなければ(笑)


私も行ってきました。 投稿者:ともママ 投稿日:11/02(水) 11:48 No.809 [削除]

・・・知りませんでした。第2部の上映会、マエストロも客席から一緒にみていらしたんですか・・?私は勝手に、時差などで体調も整えたいだろうし、マエストロは第1部のお話が終わってすぐホテルにお帰りになったんだろうな・・と決め付けてしまっていました。
私ごとで恐縮すが・・、昨日の夕方、一番上の子供が部活を休んで学校から帰り「頭が痛い。」と言うので熱を測ったら39度!(子供って何故、大事な時にかぎって具合が悪くなるのでしょう!?)大急ぎで弟が開業しているクリニックに連れて行き、順番抜かしをして診てもらい検査したところ、11月に入ったばかりだというのにインフルエンザ陽性!(私と下の二人の子供たちは先週予防接種を済ませていたのですが、上の子だけは時間がとれなくて「もう高校生だし、今年はいいか・・」と思っていたのです。)
そんな訳で、昨晩は6時半を回ってからようやく家を出て(・・こんな状態でも出かけえしまうなんて自分でも薄情な母だとは思いますが・・)、タクシーを飛ばしてオペラシティーに着いたのが6時45分頃、開場が遅れていて長い列が出来ていました。
上映会が終わったのが9時20分頃、終わりのクレジットがまだ流れているうちにそそくさと会場を後にし、9時半にはもう家に戻っていました!
マエストロをもっと近くで拝見して握手していただくチャンスがあるって知っていたらあんなに大慌てで帰ってきたりしなかったのにぃ・・。今更やきもちを妬いても(?)仕方ありませんが、マエストロと握手なさったというすみこさん、本当にうらやましいです!
昨晩のお話で一番印象にのこったのは、「ノーノの作品には色濃い政治的メッセージがあるけれど、何よりその作品には芸術的にとても高い価値があるからこそ演奏をしたいのだ。」ということでした。現代音楽って難しくて「私の頭では理解できない・・」と敷居が高く、私には馴染みの薄い、というよりほとんど馴染みのない分野です。でも、「エレクトロニクスなどもそれ自体が目的なのではなく、芸術の世界を表現するための手段のひとつに過ぎない。」とのことですし、いろいろな偏見を捨ててオープンな心で、「間」や空間の意味するところも感じ取りながら、3日のコンサートを聴いてみたいと思いました。
上映会のあのビデオは一般には販売されていないのでしょうか?ノーノ、ポリーニ、アバドの特別な深い絆がよくわかり、イタリアの映像も美しく興味深いビデオでした。
あのオレンジのセーターを着た若い青年がポリーニの息子さんのダニエレさんでしょうか?息子さんもピアニストとのことですが、私はまだ一度もその演奏を聴いたことはありません。どんな演奏をするのでしょう・・。ヨーロッパでは演奏会を開いたりしているのでしょうか・・?
すみこ様、ディスコグラフィーの完成、おめでとうございます&ありがとうございます!こちらのサイトでは本当にたくさんの情報や知識をいただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。あらためて御礼申し上げます!


\(^o^)/ポリーニシンポジウム 投稿者:おじさん 投稿日:11/02(水) 00:41 No.808 [削除]

 行って来ました! お元気そうで(少し痩せたかな?)安心しました。熱心にノーノについてや現代音楽について語ってくれました。
 現代音楽は、音と音の間が大事と、その例としてシュトックハウゼンの7番冒頭を弾いてくれました。ポリーニは11月3日に演奏される、ノーノの「森は若々しく生命に満ちている」を始め、いろいろ楽譜を持って来ていましたが、その中にシュトックハウゼンの10番もありました。11月3日のシュトックハウゼンは、まだ、正式な発表はありませんが、もしかしたら7番と10番かもしれません。
 とにかくその音と音の間が大事な例、実はベートーヴェンでと、ピアノで交響曲第3番「英雄」の第2楽章を弾きました。冒頭のメロディーの部分と、そのメロディーが途切れる最後の部分だけですが、とてもステキな経験でした。また、現代音楽のメロディーは非常に広範囲になるのが特徴だが、それもベートーヴェンが先取りしていると、ピアノソナタ第27番第1楽章を弾きました。そして現代音楽の方はブーレーズのソナタ第2番の第2楽章。いずれも少ししか弾きませんでしたが、貴重な経験ができました。

 ノーノはどういう人だったのか、どういう作品を書いたのか。とにかく良く話してくれました。不覚にも、私はまったく気が付いていませんでしたが、ベニスは車の無い都市なので、いろいろな方向から人の足音が聞こえて来るのをノーノが言っていたと、今回、一緒に来日していたアンドレ・リヒャルトが話していましたが、ノーノの音楽の特徴である空間を使った音楽というのは、車の音を抜いた都市の騒音環境に生きたノーノだからこそ書けたのかなと感じました。
 ポリーニは最後に「ソッフェルテ・オンデ・セレーネ」を解説しながら弾きました。これは結構長く、それもしっかりと弾きましたが、テープの音無しでこの曲を弾いたのを聴いたのは初めてで、とても興味深い経験をしました。
 後半のドキュメンタリーが終わった後、一緒に客席で見ていたポリーニが、ファンから囲まれ暖かい雰囲気の中で会は終わりました。すみこさんは握手をしてもらって、うらやましいですね! 
 アンジェロ・ファブリーニさんも会場に来ていました。今回の来日でもファブリーニスタインウェイを使うと思われ、とても楽しみです。 


RE、テレーゼ 投稿者:おじさん 投稿日:10/31(月) 23:36 No.807 [削除]

リキリキ様お久しぶりです。素晴らしい情報ありがとうございます。私は言われるまで気にしていませんでした。

ヘンレ版の16小節目の注釈にこう書かれています。

In the autograph and original edition based on it:d#1f#1(probably inadvertently); cf.bar 75

ざっとの訳ですが

自筆譜と初版に基づくとd#1f#1(多分、うっかりとして) 75小節目と比較してみると

という感じでしょうか?

私はすでにポリーニの演奏で耳に馴染んでいるので何とも思いませんが、確かにヘンレ版でもf#1a#1と書かれている所をポリーニはわざわざd#1f#1で弾いています。ベートーヴェンの自筆譜、見てみたいですね! 他の自筆譜の写真を見るととってもゴチャゴチャしているので、ここがどう書かれているのかとても興味があります。

 Takanori様、ショパン前奏曲では、第8番のラストとか20番とか、いろいろ版がありますよね。おっしゃる16番は、2002年の時はいきなりアルペジオで弾いて驚きました。この時は「雨だれ」でも聞きなれないアルペジオが有り、どうしたんだろうと思ったもんです。

 私が気になっているのは、ベートーヴェンピアノソナタの29番「ハンマークラヴィア」第1楽章173小節目〜174小節目の8分音符です(正規盤のCDでは5'58"の所)。ヘンレ版では、次の175小節目とスラーの書き方が違う事は確かですが、173小節目〜174小節目の8分音符を詰まった感じで弾くのはポリーニだけみたいです。この部分は、1970年1989年1999年のライブ盤でもすべて同じ様に弾いています。6日のハンマークラヴィアはどう弾くか、しっかり確認してみます。


テレーゼ 投稿者:リキリキ 投稿日:10/31(月) 17:22 No.806 [削除]

以前お邪魔したのは相当前なので、既出かもしれませんが、
読ませて頂いて居たら思い出したことありましたので。

ベートーヴェンのソナタ24番テレーゼにも一箇所
彼はそうとう自筆譜を重要視しているんだなと思わせる
音がありました。

最近のヘンレに「自筆譜はこの音になっている」との
注釈付きで欄外に記載されている音を弾かれています。
けれど、聴いた感じこれが相当ヘンな音です。
前回聴いたとき、彼自身もそう思っているのでは
ないかという感触もしたように思います。

素人考えですと、再現部を考えても
こりゃ作曲家の書き間違いだよと安易に
結論してしまうところですが、彼は
そういうことはしないようです。

昔のヘンレは確かそういう注釈はなかったので、
私はある時期までてっきりミスタッチだと
ばかり思っていました。<−馬鹿ですね。


(無題) 投稿者:Takanori 投稿日:10/29(土) 10:43 No.805 [削除]

おじさん様、いつも興味深く投稿を読ませていただいています。さてショパンの第2ソナタの繰り返しですが、ナショナルエディションでは、冒頭から繰り返すようになっています。これは自筆譜では、裏に書いた音符が透けてしまったのを出版社がリピートと間違えたのがきっかけで、ごく最近までこの間違いが訂正されることなく伝承されてきたためです。ヘンレ版は持っていませんが、たしか4小節目にリピートがついていたことを記憶しています。ドイツの楽譜だとするとペータース版でショパンの専門家であるEigeldinger氏が最近新たに原典版を校訂しているので、この人の楽譜かもしれませんが、ソナタはまだ見たことはありません。確かに最近ポリ−ニはソナタは冒頭から繰り返しています。ところで、カーネギーホールで2年ほど前、ポリ−ニが革命を弾きましたが、ナショナルエディションと思われる弾き方を取り入れていました。日本でのポリ−ニプロジェクトの様子をビデオで見ましたが、昔とずいぶん違った弾き方をしているのに驚きました。たとえばショパンのプレリュード16番、ショパンは最初ペダルを細かく踏みかえるように書いたのを2−4小節目、5−7小節踏みかえなしで弾くように書きなおしましたが、このときのポリ−ニは、このような感じの響きを意識した弾き方をしていると思います。この後カーネギーでも同じプレリュードを弾きましたが、このときは70年代の録音のように天衣無縫の弾き方で、この曲が終わるや否や拍手が沸き起こり、ポリーニが顔を覆い恥ずかしそうにしていたのを覚えています。最近のポリ−ニは、以前と比べてかなり自由に弾いているような気がします。バラード1番、今までライブで6,7回聞いていますが、毎回違っています。一番最近聞いたのは、去年カーネギーでのコンサートでしたが、緩急のコントラストの激しい、また時として内声部を強調したホロヴイッツを思わせるような弾き方でした。


RE:op9−2のトリル 投稿者:おじさん 投稿日:10/28(金) 22:20 No.804 [削除]

 Takanori様、素晴らしい情報ありがとうございました。目からウロコの感じです。
 1998年の「語る会」の時、ポリーニはベートーヴェンとシュトックハウゼンについて実演を交えながら語ってくれました。この時ポリーニは楽譜を使って演奏したのですが、ベートーヴェンはヘンレ版、シュトックハウゼンはユニバーサル版を使用しました。この「語る会」のためにご本人がイタリアから楽譜を持って来たとは考えにくいので、おそらく梶本音楽事務所に用意を頼んだと思います。シュトックハウゼンはユニバーサル版しか無いと思われるので当然ですが、梶本音楽事務所がベートーヴェンの楽譜を用意する時にポリーニの意向を聞かないとは、これまた考えにくいので、おそらくヘンレ版はポリーニの指定だったと考えられます。だからポリーニのベートーヴェンはヘンレ版を使っている、少なくとも重要に考えているというには根拠は少し弱いかもしれませんが、この「語る会」の質問タイムに、ショパンの第2ソナタ第1楽章の繰り返しは、Graveを含めるのか含めないのかという質問が出た時に、ポリーニは「ドイツの楽譜では…」と答えています。ポリーニが言っているのはおそらくヘンレ版の事だと推察できるのですがどうでしょうか?(この質問は、1984年収録のCDではGraveを含めない演奏、1995年来日時にはGraveを含める演奏をしていたので出た質問だと考えられます)
 ヘンレ版は原典版楽譜をポリシーに設立され、オリジナルを忠実に再現しようとしている出版社みたいですが、問題のトリルの音がヘンレ版だけEsというのも、初版がEsだったというのが根拠になると考えられます。こうなると、その初版を作成する時に使った最初の自筆譜をやはり見ないとわかりませんね! 紛失という事でとても残念な事です。

 私は少なくともこのポリーニのノクターンが発売されるまで、ノクターンを続けて全部聞くという事はありませんでした。最初の3曲だけでも、個々は美しいのですが、3曲まとめて聞くには、あまりにルバートが多すぎる演奏ばかりで、1曲だけでもうお腹いっぱいという感じになってしまいます。このルバートが多い演奏で単独に聞いた時はEナチュラルの音でも違和感はあまり感じませんが、ポリーニの演奏のように、3曲どころか19のノクターンという感じで考えに考え抜いた演奏をされると、問題の音がEナチュラルだと少し明るい感じになってしまい、1番と3番の間では少し浮いた印象になってしまうのでポリーニはEsを選んだのではないか、と考えるようになりました。

 なんて考えていると、もう来週の火曜にはポリーニと再開です! 月日が経つのはとても速いので、来週からの約2週間は、また、あっという間に過ぎ去ってしまうんでしょうね!


Op 9-2 のトリル 投稿者:Takanori 投稿日:10/27(木) 10:45 No.802 [削除]

Op 9-2 の問題のトリルについてですが、ウイ−ン原典版の解説によると、自筆譜は紛失、初版ではEsでしたが、ショパンがレッスンに使った楽譜ではナチュラルをつけEに変更したとあります。
ショパンの場合、出版後もたびたび推敲や変更をすることもあったため、本当のことは自筆譜だけではわかりません。ナショナルエディションが最新の研究成果を取り入れたものです。
話は変わりますが、プレリュードOp28-9の付点リズムの弾き方ですが、ショパンはバッハ時代の習慣に踏襲しており、現在では付点16分音符は3連符と同時に弾くのショパンの弾き方と考えられていますが、ポリ−ニ以外のほとんどのピアニストはそのようには弾いていません。ナショナルエディションの解説では、この点に関して”In the history of phonography, the first artist to perform the original rhythmical version was Maurizio Pollini (Deutsch Grammophon Gesellshaft 1975)....."とあります。このほかにもエチュードなどナショナルエディションが出版される前の録音であるにもかかわらず、それを先取りするような個所がいくつもあります。ポリ−ニはそのように若いころから第一級の音楽学者並みの見識を持っていたことにただ脱帽するばかりです。


RE、国内盤届きました。。。 投稿者:おじさん 投稿日:10/27(木) 00:02 No.801 [削除]

 甘えん坊様こんばんは。確かに違います…
 パソコンに音を取り込んでツールで比較してみても、周波数特性。レベルなどにまったく違いはありません。パソコンに取り込む時は、デジタル信号をデータとして読み込む事になるので、国内盤・輸入盤に、デジタルの信号の差は無い事になります。まあ、当たり前の事ですが…
 CDの読み取り精度を、パソコンの方のツールで調べると少し差が出てきました。という事は、実際にプレーヤーで音楽を再生している時の信号にどれだけエラー補正がかかるか調べるツールで比べないと比較できませんが、それはかなり音に影響が有る事はわかっているのでその違いが現れていると思われます。そのツールを私は持っていないので調べる事ができなくて残念です。しかし、音を聴く限り、国内盤の精度の方が高いようで、甘えん坊様のおっしゃる、余計な音が取れる感じは確かにあります。透明な部分や反射面の材質で音が変わる事もわかっているので、国内盤と輸入盤では材質が違うのかもしれませんね! 私もこれからは国内プレスを買うようにします。


国内盤届きました。。。 投稿者:甘えん坊 投稿日:10/26(水) 19:37 No.799 [削除]

みなさま、こんばんは。

今日は主人が風邪引きさんで、今さっき届いた国内盤を一緒に聴いております。

国内盤聴いてみると、なんと無駄な音が手際よく排除され、主旋律がきれいに浮き立つように響き、煌びやかで透明な音なのには驚かされました。
先日待ちきれずに、今回は輸入盤が先に発売とあって、多少悩みもしましたが、輸入盤を購入し、聴き、その素晴らしい音に感銘を受けたのですけれど、今日、国内盤と比較してみると、1枚の貴重な録音なのにこんなにも印象がちがってしまうのですね!。まあ、いつもこれは毎回思うことなんですが。
今回のノクターン集には特に感じられます。ポリーニはご自身のこの録音、聴いているのでしょうか。国内盤と輸入盤の差異に気づいているのでしょうか。
どうしてなのか、すご〜く疑問に感じました、今回は。


ポリーニの録音について その1 投稿者:おじさん 投稿日:10/25(火) 01:18 No.798 [削除]

 ひろこさんこんばんは。みなさんこんばんは。ちょっとポリーニの録音について書いてみたいと思います。最初にお断りしておきますが、私はポリーニ録音現場を見た事や、何らかの記事を見たとかそういう事は無いので、これから書く事は、すべて私の感じた事からの推察です。間違っているかもしれませんので、その辺の所はお許しください。

 ミュンヘンのヘラクレスザール。私は実際に行った事が無いのでどの様なホールかは知りませんが、ポリーニはここで沢山録音しているので名前だけは馴染みのホールです。ここで録音された以下の録音をざっと聴いて確かめてみました。


ベートーヴェン…ピアノソナタ第31番(1975年6月録音)
ベートーヴェン…ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」(1988年6月)
リスト…ソナタ(1989年6月)
ショパン…スケルツォ・子守唄・舟歌(1990年9月)
ドビュッシー…前奏曲集第1巻(1998年6月)
ベートーヴェン…ディアベリ変奏曲(1998年9月)
ショパン…バラード(1999年4月)
シューマン…アレグロ(2001年6月)
ベートーヴェン…ピアノソナタ第22番・「熱情」(2002年6月)
ベートーヴェン…ピアノソナタop10・「悲愴」(2003年6月)
ショパン…ノクターン(2005年6月)

 この中で1975年録音のベートーヴェンのソナタ第31番だけがライナー・ブロック時代のアナログ録音。それ以外はクリストファー・オールダー時代のデジタル録音です。

 最近のポリーニの録音で私が気になる点が一つだけあります。それは高音域が右にあるという事です。通常、ホールで聴くグランドピアノは横に置いてあり低音域が舞台の奥、高音域は舞台の客席側に位置しています。最低音の弦の長さは3m近くあり、最高音は約5センチしかありません。ですから客席側からマイクセッティングをすると、高音域は左側に寄って行くのが自然です。最近のポリーニの録音はそのようになっていないので、何らかの加工がされている音という事になります。
 余談ですが、アンダンテ盤のモーツァルトのピアノ協奏曲の様に、ポリーニが弾き振りをすると、客席から見て縦にピアノが置かれ蓋も取られる事が多いため、音は拡散して高音域は右に行く事があり、実際にこの録音はそうなっています。それにしてもグロスター様。この20番は完全ノーカットのライブ録音です。その録音にすぐに判るミスが有るからと言って、この日のポリーニの音楽にはまったく影響していません。また、私の耳には第3楽章最初の音型やカデンツァは、好調時のポリーニの良い面がすべて出ている演奏に聞こえますが… みなさんはどうお感じなのでしょう…


 さて、マイクの位置や種類がわからない中で、どんな録音がされているのかを想像するには、ピアノ以外の音が重要な根拠になります。思ってもみない様は音が録音されている事があり、なかなか面白いです。

 マイクがピアノに近ければ(オンマイクと言います)直接音が増えるのでSN比の良い音、つまりノイズの少ない音が録れますが、音の大きさ広がりというのは失われ、ピアノの音が人工的な丸い音になる傾向があります。ジョージ・ウィンストンや昔のキース・ジャレットなどがそういう収録方法で、主にポピュラーやジャズなどに多く見られますが、ピアノの中にマイクを突っ込むような、極端な場合は弦に触るのではないかというセッティングまであります。この場合、ダンパーのフェルトが弦から離れるシャンと言ったような音が収録されるのですぐにわかりますが、グルダのモーツァルトのソナタやバッハの平均律、グールドの録音などは、クラシックでのオンマイク録音の代表だと思われます。
 マイクがピアノから遠ければ(オフマイクと言います)間接音が増え、周りの暗騒音ノイズも増えますが、音の大きさ広がりを収録する事ができるのでとても自然な感じになりますが、遠すぎると広がりすぎて大きさが特定出来ないような輪郭のはっきりしない音になります。バラード第2番やシューベルトの20番には鳥の声が、シューマンのアレグロの1分52秒〜58秒には車の通過音らしいノイズも録音されているので、ピアノから遠いと想像できます。鳥の声や車の通過音がたくさん録音されている事で有名はリヒテルの平均律など、鳥は、ピアノの後ろの壁の外で旋律に合わせる様にさえずり、窓の外を車が通過して行くのが見えるような雰囲気のある録音に仕上がっていて、オフマイクの代表的な録音と言えると思います。

 前も書き込みしましたが、1989年6月号に載っていたステレオ誌のギュンター・ヘルマンスのインタビュー記事がとても参考になりますが、1989年の日本では2m30cmほどの所にマイクがセッティングされていました。ほぼ同じ時期のリストのソナタに収録されている小品4曲の内3曲が1988年5月30日ウィーンのムジークフェラインでのライブ録音なので、こちらの録音も大体このセッティングだろうと想像して聴いてみると、2m30cmほどのセッティングではピアノに近い方の音だという事が言えると思います。ライブ録音なので会場ノイズをあまり拾いたくないのでそうしているのだと考えられますが、この録音、会場ノイズだけに注目して聞いてみると、トラック2の19秒〜24秒の間は会場ノイズが消えている事がわかります。トラック4の1分8秒〜1分18秒の間も会場ノイズが消えています。トラック5の1分41秒あたり、ここはすでにピアノの音が大音量で鳴る所なので詳細にはどこからとは言えませんが、集中して聴くと、やはり会場ノイズが消えているのがわかると思います。この部分が編集されている事がわかりますね!
 この頃の録音は、ピアノの高音域がまだ左にある時代ですが、ワルトシュタインの第2楽章や第3楽章の冒頭など、すでに高音域が右に行きたがる傾向が出ているので驚いてしまいます(また余談ですが、このワルトシュタインの第3楽章57秒に間違いが有り、私はこちらの方が気になります)。

 ほとんどワンポイントで録られたと思われる1975年のベートーヴェンの31番。ダイナミックレンジがすごく広く収録されています。小さい音から大きな音までピアノの音像は安定していて崩れる事がありません。フルコンサートピアノの弦の長さが収録されていて、その手前に高音域がほぼ中央左寄りにあります。ピアノの蓋に反射して拡散している様な音はあまり聞こえませんが、高音域にもマイクの指向が向いているので、高音の強烈な単音の音などもしっかり立っています。ダンパーのフェルトが弦を離れる音も微かに聞こえるので少し近めのセッティングかと思われますが、ちゃんとペダルを踏む低音寄りのノイズも現れています。この2つの音が両方収録されている録音はあまり例が無いと思います。普通は、マイクが遠い時はペダルを踏む音に、近い時はダンパーフェルトが弦を離れる音だけになります。ポリーニの録音でも、この2つの音が収録されているのはライナー・ブロック時代だけで、クリストファー・オールダーの時代ではまず聞けません。

 もう遅い時間になってしまいました。この続きはまたという事で… と投稿しようと思ったら… とも様、そうだったんですか! 私もエル=バシャの大ファンで、1990年頃の来日の時、楽屋まで押しかけて行ってお話しまでしてしまいました(^^)v さっそくトリルを確認します。エル=バシャのモーツァルトのソナタ、ステキですよね〜♪


Op.9-2 の例のトリルの件 投稿者:とも 投稿日:10/24(月) 23:35 No.790 [削除]

ショパン全集を完成させているエル・バシャの録音(大ファン!!!!)でも、実は同様に弾かれているのに、今気づきました。
ちなみに演奏者自身は「主にヘンレ版とパデレフスキ版に従うが、複数の自筆譜がある場合は自らの直感とフィールングに従う」と書いています。

ふと思い出したのは、シューベルトのソナタ D.959 の終楽章第一主題です。多分、シューベルト自筆の楽譜に従ったためなのでしょう、最初に提示される音形と、以降何度も繰り返される音型とが異なる結果になっています。まあ、ソナタ形式のお約束として有り得ないことですが、ポリーニは敢えてシューベルトが書いた通りに弾いている。

トリルの最後の音も同様に、ショパン自身はそう書いているのかも?
で、出版された譜面はどれも、「あらショパンさん、臨時記号忘れているよ」ということで臨時記号が印刷されている・・・、なんてね。


レコード芸術11月号 投稿者:すみこ 投稿日:10/23(日) 18:17 No.789 [削除]

新譜紹介の“New Disc & Artists”にポリーニのショパン「夜想曲全集」が取り上げられています。相場ひろ氏の文で「『オンビートのショパン』ショパン演奏史におけるその異端性、その必然性」というもの。ご一読を。


ありがとうございました。 投稿者:グロスター 投稿日:10/23(日) 11:04 No.788 [削除]

ポリー二ファンのここに方々は、真摯に聞かれていると言う感じており、
他の演奏家の印象を聞かせて頂きたいと思いました。 

ツィメルマンの「ポリーニのCDがあれば充分でしょ?」
このようなコメントがありましたか、率直なコメントはいつも楽しい人だなと
思っています。 私と似ているところがあり、思わず共感してしまいます。

ぱっと思いついた演奏では、
モーツアルトのソナタ、協奏曲はエドウィン・フィッシャー
ベートーヴェンの後期のソナタはエリー・ナイ
がなかなか気に入っています。しかし、エリー・ナイは、ポリー二・ファンの方には
聞き難いかもしれませんね。

アンダンテのCDを入手して聞いてみました。
モーツアルトの協奏曲20番(すばらしい演奏でした)
最も素晴らしいと感じた個所 1楽章 11分−13分 の辺り(ポリー二の真骨頂では)
次に素晴らしいと感じた個所 2楽章  6分ー7分
3楽章が不調な感じで、出だしは「おやっと?感じました」繰り返されるこの個所は、
全体に今ひとつでした。 4分58秒辺りにもすぐに判るミスがありました。
この楽章で今ひとつ残念に感じたのは、5分30秒−6分10秒辺りです。
ポリー二の持ち味が生きる個所で、もっと素晴らしい演奏ができるはずと期待が膨らみました。
(音楽は専門ではないので、時間で表示しました)

モーツアルトは、ポリー二のフォルテピアノでの演奏も聞いてみたいのですが、
「状態の良い楽器がない」というようなコメントを読んだ記憶があります。


レクイエム、クリップスの指揮は好みが分かれるようですが、持っていて損はない演奏だと
思いました。



ツィマーマン他数人のピアニスト 投稿者:博多の人 投稿日:10/23(日) 10:45 No.787 [削除]

グロスターさんの問いかけにより,ポリーニ以外のピアニストについて幾人かの方々から意見が出ましたので,私も述べさせていただきます.1975年ショパンコンクール優勝後の初来日公演を福岡で聞きましたが,ツィマーマンの演奏はそれほど印象には残りませんでした.その後,ショパン・ピアノ協奏曲弾き振りのCDで2度目の出会いとなりました.これは,伝統的演奏の行き着く所,逆に伝統を打破る画期的なもの,どちらがより適切な表現なのかはわかりませんが,ロマンテイックな演奏の極致で,私は大好きです.もしショパンがこれを聞いたらどのような反応を示すか,想像してみるだけで楽しくなります.これは私のテンポではないと言うのか,あるいは私の想像を越えた素晴らしい演奏だと感心するのか.ショパンの第2ソナタについては,イーヴ・ナットのレコード演奏に心惹かれていて,特に第2楽章の透明な演奏からは精神的な深みを感じます.このソナタの第1楽章に限れば,感極まったところまで盛り上がりを見せるミケランジェリの演奏が最高ですね.1980年のショパンコンクール優勝者ダンタイソンが初来日公演で弾いたバラード第4番の演奏(FM放送)も忘れがたい感動を与えてくれました.ベートーヴェンの悲愴と月光ソナタに関しては,バックハウスのレコード演奏に私は刷込まれています.ポリーニのCDは,悲愴の第2楽章はそこはかとない哀愁があって素晴らしいですが,月光の第1楽章は少し重たく感じました.第7番のソナタをリヒテルのリサイタルで聞き,緩徐楽章のロマンテイックな表現に魅了されたのは20年ほど前のことです.作品106ハンマークラヴィーアおよび嘆きの歌で有名なop.110のソナタについては,カットナー・ソロモンのレコード演奏が大好きで,作曲者のテンポ指定より遅めですが,厳粛さと精神性を感じさせます.シューベルトのソナタ第13番(op.120)を,アンドール・フォルデスのレコード演奏で約20年前に初めて聞き,その清潔な叙情性に大感激しました.それ以来,この曲をポリーニが録音してくれないかな,とずっと思い続けています.ハイドン・ピアノ協奏曲第11番(?)のアルゲリッチによる弾き振りのレコード演奏も,躍動感あふれる愉悦の世界へ聞き手を誘う優れものです.とりとめもなく書いてしまいましたが,数ある名演奏の中からどれを選ぶかは聞き手の自由に委ねられているので,ポリーニの素晴らしさを満喫しながらも,時々はそれを相対化して見るのも面白いかもしれませんね.


以上は、旧ゲストブック閉鎖時(2006年2月14日)における新着80番目から100番目までの記事です。

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